覚えていることを忘れた。


何ということはないいつも通りの昼休み。
ちょっと気分を変えて、友人と一緒にファーストフード店に向かっていた。
店に向かって歩いている最中に、慌てて走ってきた人間にぶつかられ、俺のカバンの中身がぶちまける。
その際、すみませんと謝って、その人はさらに走って逃げた。
俺が荷物の中身を入れている間に、友人の知人が更に走ってきて、友人と二、三話をして俺にぶつかった人間を追いかけていってしまった。
俺も友人も普通に飯食って、慌てて昼休み明けの授業を受けた。 予習復習があやしかった授業も難なくクリアして、カバンの中に授業で使ったものを片付けていると、そこに、見慣れぬものがあったので取り出す。
ロッカーの鍵だった。
「なぁ、これってやっぱ、ぶつかった人のだと思う?」
「やろねぇ」
「この鍵、なんか見覚えあるんだけど」
「そやろねぇ。最寄り駅のロッカーの鍵にしか、見えへんもんねぇ」
俺も友人……いっちゃんも、好奇心は強いほうだ。
授業が終わってすぐ、当たり前のように最寄り駅のロッカーに鍵を刺しに行った。
そこには、妖しい現金でも、人の荷物でもなく、ポーチが入っていた。
「……これはこれで、なんかあやしくない?」
「妖しいと思うわ」
いっちゃんは、そういうと勝手にポーチの中身をみた。
勝手にロッカーを開けてしまったのだから、今更荷物を勝手に開けたことを問う俺でもなければ、いっちゃんでもない。
「……銃」
小さな声で呟かれたが、いやに耳に響いた。
「いや、おもちゃ……」
おもちゃでしょうという前に、いっちゃんからポーチを渡される。
おもちゃにしては少々重たい。
「……モデルガン」
いっちゃんが首を振る。
「どうやろ。鍵落としたん、親父の会社の部下が追いかけてた奴やし」
いっちゃんの父親さんの部下が追いかけていたら本物の銃である可能性があるとは、どういうことなのか聞く前に、口がすべる。
「あらやだ、ブラック」
「そやで、ブラックやでぇ。友達止める?」
ロッカーの前で楽しそうに笑ういっちゃんは、俺が友達を止めないことを知っているような顔をしている。
その通りだ。
「そんなに、ふかぁいお友達でもないからね。でも、これ、本物だとして、警察に届けたら吉なん?」
「いや……親父ちゅうか、部下さんに渡したらええとおもうんやけどな。たぶん、もう帰ってもうてる。すぐには渡されへんな」
俺はポーチをロッカーにいれ、そのドアを閉める。
「じゃあ、宅配とかする?」
「大胆なことしよるなー」
「エアークッションで厳重に包んだらいけるかなぁと」
「明らかに保障対象外やで」
保障がどうこう言う前に、もし本物だったら嫌がるどころの騒ぎではない。
俺ももう少し慌ててもいい事態だ。
「じゃあ、鍵とかはどう?」
カバンから財布を取り出しながら、提案してみる。
「いけるかもしれんな」
コインを何枚かロッカーの穴に落としたあと、俺は鍵を横に倒し、引き抜いた。
「じゃあ、この鍵よろしくしていい?」
「ええともー。ほなら、素敵に包んでお手紙添えて送っとくわ」
「よろしく」
そんなことがあっても、まるでそんなことはなかったかのように振舞ういっちゃんもいっちゃんだが、至って普通な俺も俺だった。
翌朝には、そういう白昼夢も見たなくらいに思っていた。
いっちゃんが普通だったことせいもあるが、現実感のない現実に俺がぼんやりしていたせいでもある。
そのまま、なんのこともないようになってしまったし、ちょっとロッカーを開けて、すぐ閉めてしまったものだから、いっちゃんに今日ロッカーに荷物とりにいくていうてたでと二日後くらいに言われるまで、嘘のように感じていた。
その翌日、また、いっちゃんは何気なく俺に思い出したようにこう言った。
「あ、そやそや、これ、ロッカー代やって」
ついでに貰った封筒の中身を見て、思わず俺は呻いた。
「ロッカー代がわらしべ長者みたいになってる」
「まぁ、口止め料やろね」
いっちゃんとの友達づきあいについて、ちょっと考えを改めたくなった。
「それと、後もう一つ。身に覚えのないものカバンにはいっとったりせん?」
「気がつかなかったけど、中身改めてないから……チョイ待ち」
大学に行くときは、いつも同じカバンだ。
俺は適当な空き教室に入り、机の上にカバンの中身を出す。プラスチックケースを見つけた。
SDケースだ。
中にはSDより小さい、マイクロSDが入っていた。
「マジか」
いっちゃんが思わずといった風に、ポツリと呟いた。
「え、何。もしかして、これ、なんか大当たりってやつ?」
「……大当たりってやつや。那須、ちょいと、俺と旅行いこうか二日三日くらい」
そうして俺はさっちゃんに、おでぇと中止の電話をしたのであった。
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