「でも、その答えが出てくる雅くんが欲しいと思うよ。君は、そう思うんだから慢心しないでしょ?」
水城家当主の雅を欲する部分は、高雅院だからという部分が大きい。いくら時代遅れだといおうと、水城に仕えてきた高雅院の功績は消えず、今現在も水城に仕える高雅院の当主がその功績を継いでいる。しかもそれを継ぐかもしれない雅も過不足ない成績をもっているのだ。期待する部分もあるだろう。
しかし、それは雅個人ではなく、高雅院家の雅だからである。
そうでなければ、ただの高校生である雅に人材豊富な水城家が欲することなどないのだ。
「ですが……せめて大学三年までは待ってくれませんか。時期尚早というものですよ」
「うん、でも、話はしておいたほうがいいかなぁと思って。そうしたら、君は迷ってくれるでしょ?」
今度はため息をつき、雅は腕を擦る。
空調の効いたスタッフルームはやはり、雅には寒かった。



◆◇◆



雅が答えを先延ばしし、スタッフルームから出てバイトに現実逃避をはかろうとすると、そこには彼がいた。
雅たち生徒会の元役員と現役員がバイトをするこの時期だけにあわせて若干模様替えされた喫茶店は、まるでお嬢様やお坊ちゃまを迎えるため設えたかのような高級感がある。それが雅たちがバイトをする間のコンセプトだからだ。
夏にしては少し重たいくらいの色味である机や、椅子、ソファも、少し時代に取り残された雰囲気をかもし出し、現実感を薄れさせている。それらは質のいいものでもあり、自然と高級感を出す。
その中で動いている人間でさえも、短い期間ながらしっかりと教育され、給仕をしていた。
そこにいても何一つそん色なく、自然に見える。それどころか、この高級で非日常な場所こそ彼らのために用意されたのではないかと思われるほど、彼とその友人はこの場所に馴染んでいた。
着ている服は、両者ともに現実にいるお洒落な男子高校生のものでしかない。彼の友人にいたっては、お洒落というよりもスタイルのよさのせいでお洒落に見えるというだけのシンプルな格好だった。
「……ここは現実なのか」
雅は口から零れ落ちる感想を、とめることができない。
「いや、俺もそう思うけどねぇ」
カウンターの近くに居た、これもまたある意味現実離れしている男である晃二がニヤニヤと笑う。
「ごらんよ、トノちんのあの顔を」
雅がスタッフルームから現れ、それを見つけた途端目を見開き、雅から目を逸らすこともできず、頬を軽く引っ張り、首を傾げる。
そんな動作をした彼は、いやに現実的なものに見えた。
それは微笑ましく、好ましい。
「かわいらしいな」
雅の顔に笑みが浮かぶ。
間抜けに見えるそれは、寒い気分のままでスタッフルームから出た雅の心を温める。雅は少しほっとしたのだ。
「あっは。随分間抜けな顔だなぁと思ったわけだけどね。なるほどね、そうかそうか」
晃二はそういって、やはりニヤニヤ笑ったままメニュー表に何かを走り書き雅に押し付けた。
「スマイル?」
走り書きはファーストフード店で有名なメニューだ。雅がそれを読み上げると、さらにぐいぐいと晃二はメニュー表を雅に押し付ける。
「笑ってらっしゃいよ。そんで、存分にからかってくればいいよ。誕生日だってショゴタンには聞いたし」
喫茶店に客がいるかぎり、友人である晃二にさえ嫌そうな顔をむけないが、雅は心の中で胡乱な顔をする。誕生日にはもっと多幸感溢れることをしてもらいたいのではないだろうか。晃二に対する皐でもあるまい。そう思ったからだ。
「誕生日にからかわれて楽しいのは、匙加減と好感のなせるわざだろ」
そういいながら、改めて彼が誕生日だということに気がつき、雅の脳裏に一瞬深い緑が掠めた。あの日買った深緑の帽子は、この日のために買ったものではない。だが、雅はまだ彼にそれを渡せていなかった。一つそれを渡すチャンスを逃したというのに、それすらも何故か雅の心を浮き立たせた。
このときは、またそれを渡すという楽しみが出来たような気がしたからだ。
「好感は大丈夫じゃん。あんなに愛されてるしぃ?」
顔から手を離し、一度あたりを見渡したあと、彼はもう一度雅を確認して首を傾げる。それでも現実感がないのか、彼は再び頬を引っ張ったのだ。
整った顔が引っ張られ、随分と間抜けな顔になっていたが、雅はやはりそれが可愛いと思えた。
「……そうだな、せめて現実感を与えてやらないと、頬が腫れそうだな」
「おーおーいっといでいっといで。それで、スマイル注文されて、是非、されて」
「そればかりは、チカ次第だな」
雅は自然と零れる笑みをそのままに、晃二に返事をしたあと彼の座る席へと向かう。その足は軽い。
渡しそこなってしまったプレゼントの変わりは何にしようと思いながら、雅が彼に笑顔を向けると、彼はぽかんと雅を見上げた。
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