Eat me, honey


「なんだそれ?」
「はちみつ」
「…赤くないかそれ」
夏の暑さに負けて寮のリビング部分でダラダラしていた古城がバニラアイスに何かをかけていた。
蜂蜜というよりメイプルシロップに似ているそれは、メイプルシロップより赤く、明度が低い。
薄ぼんやりとしたそれには、どこかでかいた匂いがある。
「……焼き栗?」
「ニアピン。栗の蜂蜜」
俺が普段から見ている蜂蜜というのは色々な花の蜜をとっているミツバチが作ったものだ。スーパーなどに置いてあるのはコレが多い。
国や場所によって、そのブレンドは違うので、国が違うだけでも蜂蜜というのは違って面白い。
しかし、蜂蜜にもその他に種類があり、樹液だの一種類の花だの木だのからとっているものもあるらしい。
古城が今手にとっているのは栗の蜂蜜。フランス産だそうだ。
「…この間の荷物か?」
ついこの間古城はやたらと甘いものや、その原料をキッチンの手前にある机に広げていた。
何があるか、甘いものだけに興味があった。だが、古城がそれで何かを作る風だったので、いつかご馳走にあやかれるだろうと思い、それまで楽しみにすることにしてちらっとみただけで終わっていた。
「そ。蜂蜜も数種はいってやがった」
今年は受験があるということで、毎年恒例の殿白河家の海外旅行についていくことはやめて、学園で大人しく補習を受けていたのだが、古城はお盆に顔を見せればいいからといって、去年とは違いバイトには行かなかった。
俺の気に入っている洋菓子屋でバイトをするというから、甘いものを買いに行くついでにからかってやろうと思ったのに、古城はまだ寮にいた。
「店長も『研究してきてね!おねがいね!』って嬉しそうに、めっずらしいもんばっか入れてきやがって…」
蜂蜜自体は珍しいものでもないが、蜂蜜の種類によっては確かに珍しいかもしれない。
「カステラ食いたい」
「…オーソドックスだな」
「まずシンプルなものから味わうべきだろ」
「…そんなら、蜂蜜そのままがいいんじゃねぇの?」
そう言って、古城が栗の蜂蜜をスプーンですくう。
俺にむけてスプーンを差し出してくれたので、その手をとって俺の口に運ぶ。
「…栗もそうだが、ナッツ?香ばしいな。ああ、でも…蜂蜜だな」
はちみつとは違った味かと思ったが、それでも、それは蜂蜜だった。
古城の手を持ったまま蜂蜜を吟味していたら、今度は古城が俺の唇を味わいにきた。
俺も古城の咥内をさらっと味わう。
「……バニラ味」
「…食い方がやらしいんだよ」
「あー…舐め方とか口の含み方が性的なんだと」
「誰に言われた?」
「殿白河家の秘書」
セクハラ秘書は、冬休みに俺と古城が一緒に殿白河家に行くと、楽しみが二倍になったと言って喜んだ。
「あの秘書早く捕まれよ」
新しいものが好きというより、まず新しく加わったセクハラ対象に夢中になって、夢中になりすぎて古城の右拳が唸り、秘書は見事な青タンを作った。ザマァミロと笑っていると、俺のケツを触りにきたんで、容赦なく足を踏んでやった。
「あれさえなければ割とまともな……いや、変態か」
俺の説明に古城はため息をついたあと、蜂蜜が入った瓶をしげしげと眺め、俺を見た。
「蜂蜜プレイでもするか?」
俺は、その言葉を鼻で笑ったあと、古城の後頭部を掴んだ。
そのまま古城の顔に顔を近づけ、唇を合わせる。
咥内からバニラと蜂蜜の味が消えたあとも、古城の味を味わうように咥内を蹂躙する。
甘いものが好きだ。
それ以上に、古城が好きだと思う。
息が上がり、ぼんやりと俺をみつめる古城の口の端を舐めたあと、もう一度笑ってやる。
「…食物は、粗末にしない」
俺が自分の部屋に行こうとすると、古城が俺の服の裾を掴んだ。
振り返ると蜂蜜をテーブルの上に置いて、古城が笑った。
「なら、食べかけはちゃんと食え」
…蜂蜜プレイなんて最初からするつもりなかったくせに。





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