スイートチョコレート


下駄箱に突っ込まれたチョコレート。
机だけにとどまらず椅子にまで溢れたカラフルな箱。
ああ、今日はバレンタインだったのか。
気がついたのは学校に登校してから。
道行く野郎にチョコレートを渡され、挙句追い掛け回される。
こういう時、どこかの風紀委員長の怖面が羨ましい。あいつは直接渡すほどの勇気が持てない顔をしている。話しかけたら死んじゃう!カッコエロくて!とは、やつのファンの言葉だが。あのセクハラ面がエロいのは、もう、本当にセクハラだと思う。ここは公共の場だからモザイクいるんじゃねぇのかと何度か言ったが、てめぇに言われたくないといわれた。
てめぇのセクハラ面さらすよりはよっぽどいい。神々しいくらいだろ、俺の顔は。といったら、直視できないレベルだな。そりゃあ、高雅院も迷惑だろうよ。なんて言うもんだから、ちょっと悩んだ…いや、ずいぶん悩んだんだが。
高雅院のほうがかっこいいし、男らしくて、鷹揚だろ。
俺の掛けた迷惑くらい笑ってくれそうなものだが…今思い出しても暗くなる。
それはさておく。
バレンタインだ。
日本では逆チョコだの本命だの義理だの三倍返しだの果ては友チョコだの…。
ただチョコを配り歩くイベントとなり果てているが、国によっては感謝の意をこめるものとしているところもある。
食べ物だけでなく色々あるもんだが。
俺はあえて日本のお菓子メーカーの意図に則って、ちょっと海外風にチョコレートを渡して…その、なんだ。好意を表そうとおもった。
高雅院は迷惑じゃねぇのかな。
男からチョコレート。
いや、友チョコもあるんだ。友達からのチョコレートといえば…それにしたって高校生の男の友チョコ。
何かしょっぱくないか?
いや、しかし、これは好意で、渡すのだってバレンタインすぎるし…とおもうだけで、軽く放課後になっていた。
とにもかくにも渡すかどうかおいておいて、チョコレートをつくろうとおもったわけだ。
まずいものを渡すわけにはいかない。
俺が味見をしてもいいのだが、俺の舌もさすがに同じものばっかり食っていると死んでしまうだろうと、毒見役を部屋に連れ帰る。
もちろん、どこかの風紀委員長だ。
バレンタインでモテモテな風紀委員長は何かどこか暗い顔をしつつも、俺の毒見を引き受けてくれた。
俺のチョコレートがまずいと?…そうだろな。
「テンパリング?」
「チョコレートにツヤが出る」
「ツヤが出てどうするんだ」
「美味しそうに見える」
「見た目だけじゃねぇだろ」
「いや、味にも関与してくる」
だとか。
最初はチョコレートを湯煎して固めるだけでも、焦がしたり、生クリーム混ぜ込むだけでも分離したり。
混ぜすぎだとか、まぜなさすぎとか…テンパリングは流石に諦めろといわれたり。
結局、鬼怒川を巻き込んでトリュフを作った。
鬼怒川は疲れた様子で紙袋持って帰っていったわけだが。
俺はラッピングまでしてしまったチョコレートを前にどうしていいかわからずため息。
今さらになって、高雅院はチョコレートなんてもちろん山のようにもらっているに決まってるとおもったわけで。
タイミング良く鳴る携帯電話。
そこにはメールが一通。
那須晃二。
あの野郎はことごとくあちらの学園のイベントごとの写真をくれる。
今回はフォンデュタワーを前に写真なんぞとっていた。
今日は放課後チーズフォンデュとチョコレートフォンデュをしたそうだ。
高雅院が楽しそうにこちらに手を振る動画も送られてきた。迷わず右クリックだ。
そうこうしていると、何か荷物が届いていると連絡が来た。
たぶんチョコレートだ。
親族からのものだろうと確認をすると、一つ、あってはいけないクール急便をみつけた。
青い文字がつづる、高雅院雅という名前に、二度どころか三度見。
「……那須の、いたずらか?」
信じられない心持ちで、親族からの荷物を放りだし、いそいで寝室に入ると、包みを慎重に外す。
普段なら適当に破くのだが、それすらできず、カッターでできるだけ綺麗に。
メッセージカード付き。どうみても、バレンタインチョコ。
あまり高雅院の字というのを見たことがないため、確信をもてないでいると、再び携帯が鳴った。
今度は電話だ。
着信は…
「……はい」
『チカ?』
「ああ」
『チョコレート届いたか?』
「…いまさっき、うけとった」
『ああ、タイミングよかったな。ハッピーバレンタイン』
ハッピーどころの騒ぎじゃない。
人生で一番嬉しいバレンタインだ。記念日にしてもいい。
『去年もお世話になったし…チカ?』
黙ってしまった俺を怪しんだらしい。
俺はなんとか、返事をする。
「え、あ、いや…」
もうそれから高雅院が何を言っているかよくわからなかった。理解できなかった。
『じゃあ、早いけど、おやすみ』
といって、きられて初めてはっとした。
録音しておけばよかった。
そのあときたメールによると、チョコ、楽しみにしてる。とのことだった。
俺は何を口走ったんだ?
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