グレイスキャットにゃ敵わない


「どうしてこうなるんだ?」
鬼怒川がつぶやく。
ため息をついたその頭には、しろと黒の縞模様の猫の耳。
「高雅院が、見てしまったからには仕方ない。チカもやろうかと…」
「どうして、俺を巻き込む」
ゆっくりと言っていることがわからないと首をかしげてみせた俺の頭には、黒と灰の縞模様の猫耳。
「当然の成り行きだろう?」
「…ほう」
ある日、メールを開いたら、高雅院が満面の笑みを浮かべ、灰色の耳を手で引っ張りつつ、こちらに向いていたら、俺でなくてもびっくりするだろう。
似合う、似合わない以前の問題だ。
高雅院がこちらに笑いかけてくれている。
感無量だ。
「ほら、写真とってくれ」
と携帯を渡す。
その際に放り投げてあった鬼怒川の携帯を持っていくのも忘れない。
「…どうして、俺の写真を俺の携帯で撮って、しかも、誰に何をおく…ああ、わかった、言わなくていい。自分が恥ずかしい思いを一人でするのが、嫌だと?」
「……ほらな、当然の成り行きだろう?」
ふふん鼻で笑い、携帯から顔を上げたところを鬼怒川に写真を取られる。
そのまま、鬼怒川はちょっと携帯をいじって俺に俺の携帯を投げつける。
うまいこと受け取った俺は、もう一度首を傾げた。
「送っといてやったよ」
「は?」
「高雅院に、おくっといて、やったよ」
偉そうな顔で笑った写真を、か?
と思って、俺は肝が冷えた。
なんてものを、高雅院に送ってくれてるんだ。
「何してくれてんだよ」
しかもメール本文なし、写真のみで。
「なんてコメントがかえってくるか、楽しみだなァ?付き合いたてだしなァ?些細なことですれ違うかもなァ?」
俺は鬼怒川の携帯を鬼怒川に投げつける。
「死ぬか?」
うまくキャッチしやがった腹が立つ。
俺は思わず、鬼怒川がだらしなく座っているソファーをけっていた。
鬼怒川をのせているにもかかわらず音をたてて動いたソファーに、鬼怒川が器用に肩をすくめた。
「じゃあ、どんな写真なら満足すると?」
まったくもって、どんな写真でも満足などしなかったのだろうが、あんな偉そうに笑った瞬間の顔でなくてもよかったと思う。
だいたい、自分自身の写真を送るという行為すらしたくない。
けれど、高雅院が、送ってくれというのなら話は別だ。
「たく…どうせ…」
鬼怒川が何か言いかけた時に、俺の携帯が震える。
その振動の仕方は、指定曲であえて、その人一人だけの振動にしてある。
高雅院だ。
それは、メールを受信する合図。
俺は携帯を恐る恐る開いて、メールを読む。
俺は携帯を落とさないように、潰さないように握り締めることがこれほど難しいと初めて知った。
メール画面には一言。
そういうのも好きだ。
「……もう死んでもいい。やっぱダメだ。でも、死んでもいい」
「………高雅院って」
それ以上鬼怒川は続けることはなかったが、文句があるなら、俺が相手をしてやろうと思う。
高雅院の手を煩わせるのは本意ではない。
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