ハニーホワイトデー


バレンタインの記憶も新しい。
ホワイトデー。
バレンタインを貰ったんだ、返すべき、なのだろうか。
いや、しかし、バレンタインに俺もチョコレートを渡したのだ。
返さないのが普通、なのだろうか。
よくわからない。
バレンタインに贈り物をするという経験をしたことがない俺は、悩んだ。
何が普通なのか、よくわからない。
こういう時友人に聞くのが普通なのだろうが、友人もチョコを渡されたわけでもない。ホワイトデーに返してくれるそうだとは言っていたが。
どうしたものか、どうしたものか。と、悩みすぎて結局三月十四日の放課後。
もう間に合わないだろうなと、寮の自分の部屋に戻ろうとした。
戻ろうとしたのだ。
寮のエントランスに幻が見えた。
「チカ」
俺に気がついて幻が手を振った。ありえない。ありえてはいけない。
まさか、高雅院がいるだなんてそんなことが。
「おかえり」
しかも、俺の帰りを待ってくれていて、おかえりだなんていってくれるはずが。
…幻でもいい。俺は言わなければならないことがある。
「ただ…いま…」
「悪いな、驚いただろう?」
「あ、ああ…」
幻はすらすらと高雅院の声でしゃべる。
「明日から春休みとは聞いたんだが、生徒会の仕事があるんだろ?」
幻でもいい。俺は、その姿を脳裏に焼き付け頷く。
「明日空いていたら、俺もここまではしなかったんだが」
明日は生徒会で会議がある。次代の生徒会役員についての。
「チカ、大丈夫か?」
「え、あ、だ、大丈夫、だ」
激しく動揺はしているが、まだ意識は手放していない。
幻だが、まだ、高雅院の声が聞こえる。
「そうか。…で、今日が何の日かわかるか?」
「…ホワイトデー」
「そう。俺の周りがホワイトデーでやたら盛り上がっていて…と、いうのは、建前で」
そういうと、幻は、急に俺を引き寄せて、抱きしめ……やばい、これ、本物…!
「会いたかった」
耳元で聞こえる声に、俺は死んでもいいと思った。
三月も中旬とはいえ、ここは山だ。山奥だ。春はまだまだ遠いし、寒い。
寒いんだが、今は、なんか、熱い。
「チカ、ハッピーホワイトデー?」
「…あ…う…、うん…」
うんとしか言えなかった俺が情けなくても、もう仕方がないと思う。
「ああ、そうだ。今日、とまっていいか?」
バスもうないし。と言われて、山奥ありがとうと、初めて思った。
死んでもいいが、やっぱ死ねない。
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