『デート』はいつもどおりだった。
本屋にいったあと、服屋を冷やかしたり、CDショップに寄ってみたり、買った本が一体どういったものなのかということを歌いもしないでカラオケで聞いてみたり。
時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。
彼が高雅院といる時間はのんびりとすぎた覚えがない。
飲食店の席がなく、最後に30分だけよったカラオケの一室でそろそろ帰る時間だな。という雰囲気が流れ出した頃、彼は傍らにある紙袋をチラリと見た。
それを見ていた高雅院が、なんとなく疑問を口にした。
「それ、待ち合わせの時から持ってるが、なんなんだ?」
今しかチャンスはない。
彼は、その紙袋を尋ねられた時に勢い良く差し出した。
何の説明もなしに、今しかないとおもったタイミングで差し出したそれは、紙袋の中身が紙袋に当たる音と、中身同士が当たる音をさせた。
花がどうなっているのか、プレゼントが何であるかということは、高雅院が差し出されるまま紙袋を持つことによって思い出された。
彼は一瞬にして居たたまれない気分になって、口を動かした。
「卒業の…祝い」
「あ、ありがとう?」
勢いの良さに、何を言っていいかわからなくなっていた高雅院は礼を言ったあと、紙袋を覗く。
紙袋のなかには、ビニールにはいった小さな花束と、それの横に、やはりビニールにはいった箱が二つ、花に隠れそうで、隠れていない。
「……うん。ありがとう」
ひとつはクリスマスカラーで、もう一つは少し浮かれた包装。
どちらも卒業記念というには華やかすぎるような気がして、高雅院は目尻を下げる。
少なくてもクリスマスカラーの箱は、クリスマスにくれるものだったのではないのだろうか。と推測できたのだ。
高雅院がプレゼントから顔を上げると、彼は顔をほんのり赤くして、嬉しそうに笑っていた。
「チカ」
高雅院は、彼に視線を合わせて、彼の腕に手を伸ばす。
しっかりとつかまれたそれに、彼が何かを思う前に、高雅院は言葉を続けた。
「本当は、もっとちゃんと言いたかったし、急ぐつもりもなかったんだが。もっと、欲しいものが増えたから」
高雅院が真剣な顔をするから、彼は黙って高雅院の言葉を聞く。
「今更都合がいいと思う。『付き合えない』って言っておいて…本当に、今更。…けどな、どうしようもなく、好きなんだ」
誰が、誰を好きだというのか。
また言われた理解不能の言葉に、彼は、逃げることもできない。
何故なら、高雅院にしっかり腕を掴まれているから。
混乱している彼に、高雅院はもう一度、ゆっくり、わかりやすく告げた。
「俺は、殿白河伊周が好きだ」
どこが?何が?どうして?
好きってなんだ?
混乱している彼に、高雅院は腕を掴んだまま言葉を付け足す。
高雅院は彼が混乱しているだろう事を知っているのだ。
「チカのそうやって慌てるところとか、俺にどうかと思うくらい一生懸命なところとか、傍にいて楽しいし、安心するし、会いたくなるし、触りたくなる。俺が、お前を好きじゃ、ダメか…?」
「ダメ、では…ない」
高雅院雅はとても卑怯な生き物だ。
先に否定を疑問視することで、否定をさせてくれない。
「付き合えないって、いっただろう…?」
「言ったが、それはその時点の話で…いや、悪い。好きになったんだ。遅いか?」
彼は答えを返せない。
好きだということがどういうことか理解できないまま、首を振る。
高雅院が好きだというのなら、それに遅いも早いもない。
「ちょっと、時間が必要か?」
それに、彼は頷く。
高雅院の手が、彼の腕からゆっくりと離れていく。
彼はその手をぼんやりと眺めたあと、それじゃあ、また。と帰ろうとしている高雅院の手を思わず掴んだ。
「チカ?」
困ったように笑った高雅院は、後悔しているのだろうか。
言わなければ、よかった?
彼だって、どうしてこんなに好きという言葉の意味がわからないのか解らない。どうして受け取ることができないのか解らない。
好きと言われたのなら、自分も好きなのだから、好きといえばいいのに。
「…帰るな」
けれど、目の前から高雅院がいなくなることは、なんだかとても寂しかった。その時の彼は、ぽつりとそう呟くことで精一杯で、それが高雅院を引き止めるには弱いような気もしていた。
高雅院は掴まれた片手で離して、握りなおすとその手を軽く引っ張った。
よろめいた彼は、そのまま高雅院の腕の中に収まる。
先ほどから、うるさく退出時間を告げる電話のコール音が響いている。
「…じゃあ、今度の約束をしようか」
片方の手は握られたまま、もう片方の手は背中に回されて、逃げる場所がなくなって、少しの間その腕の中で身を固くしたあと、彼は、観念したように力を抜いた。
「…いつ?」
「チカが望むなら、次の休みでも、春休みでも、ゴールデンウィークでも、夏休みでも、この先ずっと、いつでも」
「一回?」
彼の見えないところで、高雅院が笑ったのが、声ではなく、その息と身体の動きでわかった。
「何回でも」
「どうしよう、嬉しい」
彼の正直な気持ちが、正直に口から漏れ出した。
その約束は、自然とすんなり彼のなかに入ってきたのだ。
「だから、ついでに、付き合ってくれると嬉しい」
「何に」
高雅院は、先ほどと似たような言葉をもう一度、重ねる。
「これから先ずっと、何回でも、俺の隣で俺と一緒に、色々なことに」
彼は、強く、思う。
これは告白じゃなくて、プロポーズだ。
好きって、そういう意味なのか。
どうしよう。
嬉しい。
どうしよう。
『好き』という言葉よりもよほど威力があって、わかり易い約束は、彼に好きだという言葉の威力を思い出させる。
彼は漸く認識できた事実に、今度は高雅院の腕のなかで悶え始めた。
一度鳴りやんだ電話が、もう一度悲鳴をあげている。
今度は何の確信があるのか、それとも彼の性質を知っていて、その様子で彼の状態をはかることができるのか、高雅院が答えを求めてきた。
「返事は?」
end