飽き飽きしていた。
誰も居ない、美術品ばかりが上品に並べられた城にも、人間が俺を呼び出そうとする声も、たまにやってきては俺に文句をいう部下たちにも、俺はすべてに飽きていたのだ。
底の厚みがある鉄板入りのブーツから、頼りないヒールのブーツに変えて廊下を歩くのも、ぼろ布を被るのをやめ、かっちり着込みコルセットを装着するのも、伸ばしっぱなしの髪を切って整えておくのも、一人ファッションショーみたいで嫌いじゃなかったが、一人である。誰も見ないし、見せる予定もない。やがて飽きた。
水浴びではなく、湯浴みを覚えたし、長風呂もする。読書もしたし、人間を唆してみたりもした。最初は面白かったが、最近では一時の退屈しのぎにしかならない。
一日のうち、どれほどの時間を無為にしたことだろう。
たぶん、かなりの時間いかがわしい妄想に浸って、変な笑いを漏らしていた。
けれど、つまらなかった。ただ、退屈で、玉座で膝を抱え、居眠りをする。
夢の中でさえ、俺は同じような景色を見て、同じようなことしかしない。
だから俺は、考えた。
いつか、この城を出て、昔と同じ日々を送ろう。
王なんて詰まらない職業は、前のやつと同じように誰かに押し付けるか、放っておけばいい。そうすれば、俺は昔と同じ、楽しい毎日を送れるはずだ。
けれど、まだ魔王礼拝だのなんだのされているうちは、なんだかんだ文句いいにこられているうちは、まだこの城にいなければならない。それが、魔王というものなのだから、一応職業をまっとうしておかなければならないだろう。
それが、前任の魔王との約束のようなものだし、玉座を手に入れた俺の務めだ。
いつか、そう、いつかは捨てようとは思う。
それは今じゃないだけだ。
俺はそうして数千年、暇だけを持て余し、最終的にはずかしい名前を呼ばれるという決定打をうけて魔王をやめた。
俺は、このいつかを望んでいた。
ずっとずっと、望んでいたのだ。
「城って……本当に魔王だったのか……」
感心したように、何もない城内を眺めるイオに、俺はニヤニヤと笑いながら頷く。
「そうだぞ? イオは魔王様を組み敷いていいように翻弄してきたってことだ」
「……俺の上で腰振ってるほうが多い気がするが」
イオはテクニシャンだし、リードもうまければ欲もある。俺をいいように扱ってくれた。しかし、それ以上に、俺の意志ってやつを尊重してくれる。俺が好きなようにすると、どうしても嬉しそうにダイレクトインしてしまうのだ。
我慢がきかないのはよくわかっている。しかし、気持ちいいのでそれでいいのだ。
「じゃあ、今度魔王様プレイでもするか?」
「……ご遠慮しておく。魔王様がとんでもない要求をしてきそうだから」
イオは賢明である。俺の下心を見抜き、変態プレイを避けた。
そして、イオは玉座以外何もなくなった王の間を改めて見渡す。
「寂しい部屋だな」
イオのいう、その感覚はよくわからない。ただ暇で暇で仕方なかったことしか記憶にない。イオがそう思うのは美術品を売ったせいだろう。
「俺が美術品、うっぱらったからな」
「何をやってるんだよ、魔王様……」
「今はちげぇし」
「尚更、何やってんだよ」
呆れた顔をするイオもいつもと変わらず男前だ。
俺は、笑って親指を突き出す。
「盗賊行為」
「そういうことではないんだがなぁ」
わざと首を傾げたあと、俺は王の間から出る。
観光をするには少々物足りない場所だったなぁ……と思いながら。