突然現れた、本日やってきた転校生、もとい、許嫁…元許嫁が俺を見下ろしていた。
許嫁の有本晴太(ありもとせいた)は、普通の男だ。
俺が晴太の分すごいから、すごくなくていいのだと晴太はすぐ冗談をいうが、こちらとしては冗談ではない。
晴太は海外出店について行く前から、成績も家柄も容姿も平均的なやつだったのに、性格だけは本当に感心するくらい男前だった。
あまりに男前だったものだから、父が酔っ払った挙句、気に入って家に連れてきてしまっただけでなく、勝手に許嫁と決めてしまった。
晴太は、そういうのは勝手に決めていいものではないだろうし、本人に悪いからとか。何より、あったばかりだからと、それはもう、丁寧に酔っ払いに説明してやっていた。
俺は酔っぱらいが迷惑をかける、酔っ払い行きつけの店の息子に同情して、とりあえず俺はどうでもいいから、きっぱり断れと言った。
そうして、一度その話は流れた。初等部低学年の頃の話である。
小学生時分からそうなのだから、末恐ろしい男前さだ。
男同士だからないだろうという流れにならなかったのは、何故であるか未だわからないが、父が酔っては、行きつけの店の息子に毎回俺を嫁に出そうとしていたらしく、そいつは俺を見て、なるほどこれが噂の鳴鳥くんかと思ったらしい。
小さい時から勧められていたというのだから、こんなことを思うのもおかしいが本当に筋金入りのネジの外れ方である。
そういうわけで俺を押し付けられ続けた晴太は、本当に性格以外は普通すぎるくらい普通なやつで、最終的に俺を許嫁にしてしまったことはおかしなくらいだったのだ。
一度家に晴太を連れてきて以来、隠すことなく晴太を我が家に連れてきて迷惑をかけるものだから、俺は長期休暇のたびに晴太に会うことになった。
結局、両親が無駄に意気投合し、晴太とはおかしなことに許嫁となってしまったのだが、実をいうと、俺は晴太なら別にいいかと思っていたわけだ。
がっついても年上らしくないしと、親父もしかたねぇなというポーズをとっていたらこれである。
「……なんで、婚約解消なんだ?…やっぱり、男同士で変だったし、ねぇよな。俺から言ってやるべきだった。悪いな」
言ってやるべきだったといいながら、言うつもりなど毛頭もなかったわけであるが、やはりここは年上だからという余裕を見せたかった。
しかし、晴太はいつも、そんな小さなプライドで物をいう俺より上をいく。
「変かもな。だから、ちょっとけじめを付けようと思って」
はっきりと振られるのだろうか。
俺は再びぼんやりと元許嫁を見つめた。
「鳴鳥。俺は、鳴鳥が好きだ。できたら、俺の嫁…は、おかしいか。一生俺の隣にいてくれないかな?」
「………ハァ?」
「順番ってあるだろ。別に解消する必要はなかったけど、勝手に決められて、鳴鳥の気持ちも聞いてないしで、このままなかったことになるのも、な?」
やばい、死にそうに恥ずかしい。
そんなことを思っていると、周囲の生徒が騒ぎ出した。
主に、平凡野郎ひっこめというような内容だった。
俺は手のひらを机に叩きつけて立ち上がる。
「黙れ!こいつは俺んだ、文句あんのか!」
怒鳴った俺に、清太がニヤリと笑った。
「文句ない」
しまったと思ったときには、もう遅い。
年上の威厳も糞もない。
「すっげー」
もうひとりの転校生が、ぽつりと呟いた。
穴があったら埋まりたい。

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