ビスケット!4
両想いだといわれて、こなれた返事が出て行くほど、俺は恋愛というものに興味がなかった。
人様の色恋に対しても、自分自身の感情に対しても、友人がいないということに関してもそうだ。なんとなくまわりに人がいたし、友人といえなくもない人間もいた。なにより兄弟が煩い。寂しいと思うこともなかった。
だからというわけではないが、誰かを特に好きだとおもうこともあまりない。強いて言うなら、毎日毎日、手を変え品を変え、着飾り俺に挑んでいるようにしか思えないお気に入りが、急に真面目になってしまい、遠くにいってしまったときは、何か物足りなさを感じたくらいだ。
そいつが泣きながら、ぼっちでおやつを食うような人間の前に現れて、やっぱりかわらないなと思えるような神経もない。
どうしてこんなところでこんな風に顔を合わせなければならないのだろう。
そう思うのは妥当というものだ。
「そうか、両想いなのか」
俺も座り込んでしまったそいつの隣に座って、頭を撫でる。弟のおかげで癖になったこれで、色々なやつに嫌がられてきたが、やめる気もあまりない。
それにそいつは撫でて嫌がったことなんて一回もなかった。
「……撫でんなよ」
「なんで?」
「泣きそうだ……」
両想いとはいいことなのではないだろうか。うれし泣きならいいが、そいつの小さな声がそうでないように思えて仕方ない。
「泣いてもいいけど、なんでだよ」
「……俺は会長だ」
生徒会役員は、学園の伝統で恋人が出来たのなら生徒会役員を降りなければならないのだ。生徒会長を立派に務めているそいつにすれば、恋人などというものは邪魔でしかないのかもしれない。少し悲しい気もするが、そういう責任感が強いところが結構好きである。可愛いとも思う。
撫でるなといわれても、俺はそいつの頭を撫で続けた。
「両想いだからといって付き合う必要があるのか」
「……できたら付き合いたい。でも、途中で役目を放棄するような人間は嫌いだろう? ……俺も好きじゃない」
「じゃあ、付き合えばいいだろう。お前が、生徒会長やりきるまで待つぞ」
「……待たせてる間に好きじゃなくなったらどうするんだ」
そいつが俺を好きでなくなったのなら、それは仕方ないことだ。俺は素直に嫌だ嫌だとだだをこねながらも諦めるのだろう。
「待ってる間に飽きられねぇように、たゆまぬ努力をだな……つうか、おまえ、俺のどこが好きなんだよ。わかんねぇと空回るだろうが」
そいつは顔を上げて、やはり顔をくしゃくしゃにして笑う。
「そういうところが好きなんだ」
やっぱりかわいいなと思った。
だから、俺は恋をしているし、好きなのだ。
「じゃあ、友達以上、恋人未満で、これからもよろしく」
「……よろしくされといてやる」
髪がくしゃくしゃになるまでなでると、そいつは赤くなりながらも笑うばかりで泣いたりなどしなかった。
月曜日、金髪の生徒が転校してきた。
そんなことより、学園では髪の色を染めてきた生徒会長の話題で持ちきりだ。
俺が好きだと言った昔の……紅茶色の髪だった。
いつみても美味しそうに見える紅を揺らし、朝礼時に俺に気がついたそいつは、壇上の端、見えずらい位置で人差し指を下に向け、口を開く。
「黒と銀の細かいストライプのティー、紐」
こいつは挑んできやがった……!
俺が思うのは仕方ない。本当に仕方ないと思う。
声も出さずに告げられたそのことばに俺は頭を抱えた。
「アニキ、どうしたんすか。また悩みすか」
「アニキじゃねぇ、風紀委員長だ。くっそ、魔性め……っ」
おわり
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