#0000ff


「書記様、こんばんはー」
「こん……ばん、は……?」
ポストカードをクリアポケットに入れる日々が、どれど続いたかよくわからない。
毎日、ポストカードを抜き出しては写真たてに入れ始めてからは、数日だ。
三谷がいた。
「あ、安心してください。事情を話して書記様の幼馴染くんに侵入させてもらいました!」
「ああ……」
普段から、ぼんやりしていることが多いので、幼馴染にスペアキーを渡してある。それを使って三谷が部屋に入ってきたらしい。
「それとこれ、お土産に」
「……それは、どうも、親切……に?」
三谷が差し出したのはスケッチブックだ。
受け取ってなんとなく紙をめくる。
水彩色鉛筆で描いたのだろう。
水彩絵の具を使ったような雰囲気のある絵から、色鉛筆で塗った絵、その両方をうまく使った絵……たまにモノクロもあった。けれど、単色で塗っている絵が多い。
そのどれもが、青だ。
「えーと……その」
もじもじする三谷を視界の片隅にとらえながら、なおスケッチブックの紙をめくる。
スティール、ロイヤル、ミッドナイト、ネイビー、ダーク、メディウム、ドジャー、スカイ、コーンフラワー、ライト、シアン、ターコイズ、カデット……全部、全部、青だ。
白と黒の絵でさえ、海の絵だった。
顔を上げると、まだもじもじしている三谷がいる。
俺の好きな、青ばかりのスケッチブックを閉じて、俺はたぶん、笑った。
「すき」
「え、お、おう……青いの、好きなんですよね、書記様」
そう、俺が青い絵が好きだ。三谷との出会いも青からである。
しかし、それだけではない。
「それも、すき。三谷、絵、なんでも、すき」
スケッチブックを手に持ったまま、もう片方の手を三谷に伸ばす。
相変わらず、汚れた手で顔を掻いたりしているのだろう。黒だか青だかよくわからない汚れが頬についていた。
それをとるために、親指で強く擦って、失敗したなと思う。
「それ、以上……三谷、すき」
「ありが……え? え? どう……お、俺も好きだけど、ええ?」
乾いた指で擦ったせいで薄くはなったが、色が広がる。
三谷は顔色が部分的に悪い人になってしまった。
そんな中、言葉を理解し損ねて、少しの間、『うん、すきだけど、すきだけど』と三谷が繰り返す。
しばらくそれを眺めていると、なんだかおかしくなって声にだして笑ってしまった。
「って、先にいわれっちゃってるよ!」
不満そうにくちをとがらせた三谷が、やっぱりおかしくて、笑ったままだ。
そして、俺は手の中のスケッチブックが落ちないように曲がらないように、細心の注意を払って、しっかりとスケッチブックを持った。



おわり


iroiro-top