「どうして、あんた、俺のこと好きとか言うんだよ」
今にも泣いてしまいそうな顔をしているイツミくんは、手の力を緩め、俺から離れていった。
イツミくんが離れていくのが寂しくて、今度は俺が手を伸ばす。
「コンビニで、誰かとなんかしようとしてただろ」
伸ばした手が、止まった。俺はそれを誤解だというために、イツミくんに会いに来たのだ。
「してないけど」
「してたじゃねぇか」
「未遂だし、したくもないんだけど」
「……してたじゃねぇか」
少し間が空いたのは、俺を信じたかったからだと思いたい。
「じゃあ、してたことにする?」
「してたのかよ」
「してないよ。疑ってくれるなら、仮定しようか」
俺の言ったことに、イツミくんが首を傾げた。その様子が可愛いと、そんなことを思っている場合ではないが、思ってしまう。
「俺が店長とキスしたとしよう。でも、すごく嫌だし、最悪だよ。男となんてキスする予定、なかったし。これからもしないと思ってた」
「それ、したってことじゃねぇか」
「仮定だから、本当はしてないよ」
俺は首を振る。信じてもらえるほどのものは、まだ築いていないのだ。こればかりは、仕方ない。
「俺、イツミくんとキスしたいんだよね。だから、これからするの」
「何……ッ」
止めていた手をイツミくんの素早く口に押しつけ、離し、自分自身の口元に持ってきて、笑う。
「ダメ?」
「だ、だめじゃ、ねぇ……けど」
「良かった」
「よくねぇ」
俺は、呆然としているイツミくんが可愛くて可愛くて仕方ない。大げさに肩を落とし、悲しそうな顔をしてみせた。
「やっぱりダメか……そうだよね。イツミくん男だし、俺も男だから。イツミくんの気持ちも、やっぱり勘違い」
すべて言い終わる前に、俺は後頭部を掴まれ、強引に唇を押しつけられた。
少し俺より低い体温が、気持ちいい。
「触るだけ?」
不満に声を上げ、離れていこうとするイツミくんの首に手を回し下から上へと撫で上げ、顔を寄せる。
今度は俺が唇を押しつけて、少し開いた。
俺の文句に少し開いてしまったイツミくんの唇を軽く噛むと、イツミくんが逃げようとしたため、頭にある手に力を入れる。
「もうちょっと」
男とキスをしたいと思ったのは、イツミくんが初めてだった。
息を殺して呟くと、諦めたように、イツミくんの口がもう少し、開く。
可愛い。
もう少しと言わず、もっとイツミくんが欲しい。
「ッ……、もう、い、だろ……?」
深いキスをしているわけではないが、遊ぶように何度ももう少しを繰り返した。
「もっと」
「すこし、じゃねぇ……し」
至近距離では、イツミくんの表情がわからない。
けれど、イツミくんが実力行使にでた為、すぐにその顔を見ることができた。
視線を逸らし、少し赤くなった顔をして、困ったように眉を下げている。
「好き、だなぁ」
改めて思う。
イツミくんは困っていた顔を、今度は怒ったような顔に変えた。
「そういうのは! あんた、ほんと、もう……、……好きだよ、俺も」
俺は、思い切り笑ってしまった。
「大好きだよ」
イツミくんは、俺の顔を見ようとしないが、俺からこれ以上離れようとしなかった。それは俺の手の届く範囲だ。
「大好きだから」
両手で捕まえ、抱きしめる。
条件反射のような素早い動きで、俺から逃げようとするイツミくんにしがみついて、離さない。
「わかった、わかったから、やめろ…ッ」
「本当に? わかった? わかってくれた? 俺、イツミくんと、キスしたいし、エッチしたいし、撫で回したいほど好きだよ」
「そこまで聞いてねぇし、さっきキスもしただろ!」
調子に乗って言うと、イツミくんが俺から離れようと乱暴に俺を突き放した。病人に手加減がない。
こういうことに慣れてないんだろう。かく言う俺も、こんなことには慣れていない。俺は慎み深いのだ。熱のせいだけでなく顔がとても熱い。せっかく風邪をひいているのだから熱のせいにしておこうと思った。
「ねぇ、もう一回キスしていい?」
イツミ
くんが顔を上げたあと、俺を睨みつけて忌々しげに吐き捨てる。
「んなの」
答えが返ってくる前に、俺はキスをした。
体制を立て直しての触れるだけのキスは、不満だったらしい。イツミくんが俺を見た。
「なんで、今更」
俺は、笑ってもう一度唇を合わせながら、思う。
チョコレートとシュークリームは奮発しよう。
おわり