いくら放課後とはいえ、階段の踊り場で話し続けられる内容ではないと言って、クオは俺といつもの場所へと転移する。
クオの話を聞いて、俺はしみじみと呟く。
「会長だったのか」
俺の一言により、クオはまた腹を抱えて笑う。
クオ、本名クオル・ラダ・エリスンは会長本人であった。
クオが追いかけていた会長は、クオの影だったのだ。影はルオークという名前で、クオの身代わりとして半年ほど学園で会長をしていたらしい。
影といっても、まったくの他人ではなく、クオの本物の影そのものだ。
魔法で影の本体と寸分違わぬものを取り出し、具現化させるという魔法らしい。
俺の魔法と同じように、会長固有の魔法だ。
「会長も一芸入学なのは知ってはいたが」
クオは抱えた腹を押さえ込み、何度か咳き込むと、俺に問う。
「……それ、知ってるやつ、そんないねぇんだけど」
「そうだろうな。一芸受けたやつで、俺達の受けた年で受かったの、俺と会長だけだから」
俺の言葉に思い当たる節があったようだ。いやに納得した顔をされた。
「だから、そんな魔法使うのか」
俺の一芸、固有の魔法は、素肌で触れ合った人間に魔法を伝達し、使わせるというものだ。
どんな力を持つ人間にも、抵抗されなければ力量に見合った魔法を使わせることができる。
素肌で触ること、抵抗されないこと、俺が使う魔法を知っていることが条件となるが、呪文の詠唱もする必要もなければ、俺の力も必要最低限で済む。
俺の魔法はほとんど使わせた人間の力で発動するのだ。
これを使って魔法の仕組みに気がついたのは、今のところクオだけである。
クオは俺の魔法に気がついた次の日、会いに来て俺に熱烈な告白をしてくれた。
その魔法はおもしろい、仕組みが知りたい。教えなくてもいい、俺に色々な魔法をかけろ。俺の実験に付き合え。
そのような内容だったと思う。
俺はそれを断り、クオが外に出るための魔法だけをかけた。
それ以来ずっと口説かれ続けている。
「これで解ったろ?魔法をかけて仕組みを知られるなんてのは、俺の芸を失くす事だ。だから、諦めろ」
少しの間、クオは難しい顔をして悩んでいるようだった。
そうしていると、俺の知っている生徒会長のように見え、似ているのではなく、そのものであることを実感させる。
「……ディンリィ・ティー・アルファ」
「…………はい?」
クオには一度も告げたことのない俺のフルネームが、俺に嫌な予感を運んできた。
調べればすぐわかることだ。クオには夜しか会ったことがなかったのだから、調べる時間はたっぷりある。
そう思っても、嫌な予感は消えない。
「半年ほど前に、生徒会と、単位と引き換えに依頼を受けるという取引をしたな」
これも、クオが生徒会長というのなら、知っていて当然のことだ。
しかし、半年ほど前という言葉が何かに符合した気がして、嫌な予感を更に悪化させる。
「俺は半年ほど前にお家騒動で実家に呼び出された。半年ほど前に影と入れ替わっていたわけで、実はお前との取引は影が勝手に決定したことだ」
三度目に会った時のように不都合なことを言われるような気がしてならない。
俺は、あえて、何も言わなかった。
不都合なことが、それこそ三度目のときのように増えては嬉しくないからだ。
「役員たちには、影が勝手に決定した旨を伝え、厳重注意、お前への依頼を一時停止、取引を保留してもらったわけだが」
言葉が止まると、なんとも偉そうで足元を見る……会長らしい表情がクオの顔に浮かんでいた。
「進学していようと、一学年落とすくらい難しくねぇというのは、知っているか?」
そんなことは一生知りたくない。
「……条件は?」
ここまで脅されたのなら、何を求められているかは解っている。解っているが、問いたい事だってあるのだ。
「俺に付き合え。お前の芸が消えたところで、入学は取り消されねぇし、俺に従うなら進学も取り消されねぇ」
お断りしたい。しかし、相変わらず俺の財布事情はそれを許さなかった。
「……わかった」
「それはよかった。ああ、あと、もう一つ」
たとえ、俺の不都合なことでもお断りは難しい。
俺は渋々、聞く姿勢をつくる。
「半年間の影の記憶とここ最近の付き合いと、さっきの相性で決めた。これは、取引じゃねぇんだけど、なんつか」
少し言いづらそうなのは、クオにしては珍しい。
取引ではないのなら、まだ心に余裕がある。俺は少しだけ待った。
「付き合ってくれ」
今まで散々聞いた言葉が、クオの珍しい態度でいつもと何か違う意を付けている。
待つんじゃなかった。
後悔は先に立たない。
「断る」
それでも何度となく繰り返した言葉はすんなりと俺の口から出て行ってくれた。
「嫌だ」
クオから初めて聞く単語であったが、俺の言葉と同じように速い。
俺を真正面から見据え、睨みつけてくる姿は、始めてあったときと似ている。
クオなら珍しいことではない。
けれど、眉間に寄った皺と、への字になった口が不機嫌さや怒りより、寂しさのようなものを感じさせるのは、俺のおまけなのだろうか。
「……魔法使うんだろ?」
クオの手を下から掬い上げ、握る。
への字だった口が、歪む。
「付き合ってくれ」
「魔法なら」
胡乱な目で見られてしまった。言いたいことは解っている。少しおまけもしてしまったことだ。
とぼけても罪はないだろう。
end
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