この世界が異世界だと気がついたのは、この世界に来てすぐのことだった。変な化け物に襲われて片腕を食われた。それは身体の一部を食って番になってくれというおかしな風習のせいだ。 そのときはただ襲われて食われて、片腕を失って、出血多量で死にそうになっただけで、おかしな風習だとは思いもよらなかった。 その風習を教えてくれたのが、俺の恋人である九重だ。 九重は世界が違うと思う前に、とんでもない巻き添えを食らい、身体を作り変えられ今の姿を持ったらしい。世界云々よりも、自分自身の姿が変わってしまったことに心がついていかなかったそうだ。 そのため、九重は俺の腕を食った獣と同種でありながら、身体の一部を食って結婚しようなどとは言わない。 今でも、自分自身の姿を認めたくないからだ。 それだというのに、俺がこの世界に残ってからというもの、毎日毎日認められない姿でいる。そうしていれば俺が違う生き物だからと思って九重から手をひくかもしれないと思っているのだ。九重はどうしても俺を元の世界に返したいらしい。 だから今日も今日とて元の世界に戻る方法を探すため、山奥の道なき道を歩く。 『生きていると思うか』 肉食獣に首を齧られ無事な人間はそういないだろう。ポツリと呟いた九重の前を歩き、引っかかりそうな枝を鉈で切った。 「どうだろ。つか、あの人なんだったんだろ。別に宝探ししにきてるわけでも、なんかすごい力があるものがあるってわけでもないのに」 『異世界に行きたいんじゃないか?』 「此処での常識で生きていて余所に行くのは辛くない?」 俺の後ろを確かな足取りで、何もない道を歩くように歩いているだろう九重をちらりと振り返る。九重は俺が見たことに気がついたように、少し顔を揺らした。 『ここにいるのが辛いのかもしれない。余所のことなど解らないなら夢見放題だ』 九重曰く、異世界へと繋がる道は、異世界の人間の記憶によって出来ているらしい。 最初は事故や無理矢理こじ開け、作ったような道なのだが、異物が混ざると、異物がこの世界に馴染む前の記憶が異世界を繋ぐ道になるそうだ。 二、三度その道とやらを見たのだが、俺にとってはとても懐かしく泣きたくなるような道だった。 「いい思い出しか道にならないなら、そうか。よさげに見えちゃうからなぁ……」 今回やってきた山奥にも、その道があるらしいという噂がある。それは幻や、集団白昼夢、呪術、蜃気楼といった形で噂になるのだ。 いわく、見たこともない風景が急に見えるのだという。 それと波長が合えば、目撃者は異世界に渡る。行方不明者がいれば、それは確実に異世界への道であるらしい。 『そうだな。あちらでは、こちらの常識など通じず、すぐに孤立するだろうがな』 「こっちは厳しいけど、何か補正機能みたいなのついてるもんね」 その補正機能のせいで、姿が変わってしまった九重は不運でしかないが、俺はその補正機能のお陰でなんとか生きてきた。 「神さまみたいなのがいるんだろうか」 『いるならクソ食らえだ』 背後で九重が怒っているらしく、背中が冷たくなるような殺気を感じる。俺は早く道が見えないものかと思って、心持ち鉈を握る手に力を入れた。 「そうな、クソな……」 それでもなんとか同意して、歩を進める。 同じ道を歩いたりはしていないが、なんだか、山の奥へ奥へと進むばかりで、いっこうに道が見えない。 「なぁ、ガセ情報ってのは有り得る?」 『そうなると襲われ損だな』 また懐かしさと、元の世界への愛しさで迷いつつ、傍らの恋人を比べつつ、選べないという優柔不断さを見せ付けるくらいなら、襲われ損でもいいような気はしないでなかった。 |