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 俺はスコープを覗きながら、ため息を飲み込む。
 岩と砂にすこしの緑があり高低差が特徴の、校舎からは程遠いフィールドに俺はいる。
 最初は舞師と待ち合わせた場所で、少し遅れてやってきた二人と顔合わせをし、身体を動かすことになっていた。しかし、追求がゴーグルで半分隠れた顔を合わせて挨拶をするなり、おどおどと提案してくれたのだ。
「か、身体を、うご、うごかすなら……っ、その、他の、他のチームと連絡、連絡取れる、よ……?」
 その提案にのったのはこのチームを発足した舞師だった。
「そうですね、確かに相手がいた方が感じが掴めます。お願いできますか?」
 チームリーダーともいうべき人がそういうのなら、俺と人形使いに否やはない。まして、しっくりこないと思い、ふわふわした心地であり、半ば他人事のような気分である俺に、現状に対する強い意志もなかった。
 そうして誰の反対もないまま、俺たちは、他のチームと戦うためにこのフィールドへと移動したのである。
 ここで戦うことになったのは、俺をぼっちにした原因たちとこのチームに入る原因を擁したチーム……友人の破砕と相方の猟奇、今日も冷たい目から光線がでるのではないかという暗殺者がいるチームだった。俺が断ったあとなのか断る前なのか、誰がチームに暗殺者を引き入れたのか知らないが、悪夢である。
 その悪夢に焔術師まで加わったとあれば、チームバランスも取れていて憎らしい限りだ。
 俺はスコープの丸い景色の中、改めて確認する。フードを目深に被った焔術師が一人、離れたところで大規模魔術を使うために魔術式を描いていた。
 あちらの作戦としてはこうだろう。
 舞師の相手を破砕にさせ、猟奇に魔法の発動が速いとは言い難い人形使いと追求の相手をさせる。機を測り、焔術師が大規模魔術で俺たちを潰す。結界すらも力押しで潰そうという魂胆だろう。
 しかし、これには邪魔者がいる。
 そう、狙撃ができる俺だ。
 俺が焔術師の魔術式の完成より早く、焔術師を撃ち、離脱させる。そうすれば、その作戦は失敗に終わるのだ。
 だが、それの対策として怖い人……暗殺者がまた俺を狙っていると考えたほうがいい。
 そうでなければ、うっすらとしか感じない気配が、真直ぐ俺を目指すはずがないのだ。
「これだけ隠れても、距離をとっても、見つけるか」
 俺は焔術師の術式を読み、迫ってくる薄い気配を感じながら考える。
 どちらが速いか、どちらを優先すべきか。
 今、俺はチーム戦をしている。
 普通に考えれば優先すべきは焔術師だ。
 チームのためを思うなら確実に、焔術師を離脱させたほうがいい。
 しかし、敵チームには俺の相方がいる。あの相方が、この模擬戦でどれだけ手をぬき、どれほど手の内を見せてくれるのか。普段のコンビ戦闘からして出し惜しみしている相方がどうでるのか考えねばならない。
 もしも、相方が少しやる気を見せたなら焔術師に一発ぶち込むだけでこの場を離脱させることはできない。それどころか、この模擬戦の敗色が濃くなるだろう。
 俺は魔法石を腰にあるポーチから取り出すと、一度まぶたを閉じる。
「一つでいいか」
 映像を二つ並べるイメージをし、まぶたを開く。
 映像のひとつはスコープに切り取られた丸い景色だ。焔術師の魔術式はまだ完成していない。
 もうひとつは相方に定める。いる場所がわかっているので、安易に見ることができた。
 相方はそれに気付いたようで、見るためにつけた印に向かって楽しそうに小さく手を振っている。その様子から、俺には相方にやる気がないことがわかった。
 俺は一応相方に印をつけたまま、スコープのほうに集中する。
 相方にやる気がないのなら、俺がするのはやはり焔術師を撃つことだ。
 撃つのならば、一発で離脱する箇所がいい。
 俺は大きく息を吸い込む。
 頭か、胸か……どちらにせよ、焔術師は狙いやすい。
 魔術式は魔法を使う力さえあれば、棒立ちのままでも描ける。膨大な力を有する焔術師は、いつも魔術式を力で描く。
 それに集中していることもあって焔術師は動かない……動けないのかもしれない。そうなると、俺のように遠くから狙う人間でなくても、魔法使いは潰しやすいだろう。
 こうして隙だらけになるから、魔法使いたちは早さを優先する。一音で、一動作で、息をつく間に魔法を使う。何よりも早く。それが、魔法使いたちの最大の課題とされている。
 けれど魔法は距離が遠ければ遠いほど、威力が強ければ強いほど、変わっていればいるほど、難しい。
 そして難しいものほど時間はかかる。
 だから焔術師のように大きな魔法を使う場合、後衛にまわり、他の人間を近寄せないようにする。今回はそのために猟奇がいるのだ。
 だが、それが機能しないのなら、暗殺者が到着するより早く、俺は焔術師を離脱させることができる。
 俺は息を止めると、引き金をひく。
 それが当たったと確認する前に立ち上がり、ホルスターから銃を抜き、振り向きざま銃を撃つ。
 急に地を蹴る音が耳に入る。
 狙いの甘いその一発では、やはり襲撃者は離脱してくれなかったことが瞬時に理解できた。
 俺はすぐさま視点を猟奇から外すと、しっかりと襲撃者の姿を目に捕らえる。
 銀の髪に鋭い目つき、誰かに良く似て寄せられた眉間の皺が険しい。いつもより華やかな印象があるのは、耳からぶら下がる赤い石のアクセサリーのせいだろう。
 それは、俺の知る暗殺者の姿ではない。
 しかし、よく知っている顔だ。
「なんでや……?」
 耳慣れたイントネーションに、俺は力なく笑ってしまった。

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