もちろん、気の利いた答えなどひとつも用意していない俺は笑って誤魔化す。
「残りの三十点なんて、逃げ道かしがない企みでしかありませんよ」
 誤魔化し笑いを顔に浮かべたが、嘘は言っていない。
必殺先輩は勘がいいほうなので、誤魔化すにしてもうまく嘘をつく必要がある。うまく嘘が使えないと感じるのならばこうして、情報を不足させたほうがましだ。
 先輩は何事か考えるように一度まぶたを閉じ、ゆっくり開く。
「逃げ道はいいんだがなぁ……しがない企みって反則の場合、たいそうな企みなんだろ?」  今までたいそうなことを企んだことがない俺は表情を変えることなく首を振る。これは嘘ではない、認識の違いといううやつだ。俺にとって普通であること、大したことがないことが、極悪非道のように言われる。反則だ卑怯だと言われる……そういうことだ。
 実のところ、他人にどう見えているかは、俺も少々自覚するところである。けれど俺の認識力は大変優秀なので、それは棚に上げることができた。
「……まぁ、俺に被害があるわけでもないし良しとしよう」
 そんな俺の否定など、必殺先輩にとってないに等しいようだ。気に食わないが納得しておいてやるというという様子でプイっと俺から顔をそらした。
「せめてそこから五点から十点奪ってやるのが先輩の甲斐性だな」
「は……?」
 俺が声を上げると、先輩は二年が固まっているだろう方に身体ごと向け、ニヤリと笑う。
「よし、行くぞ重火器! 二年を派手に倒して恨みを買って反則に押し付けるとしよう!」
 一番最後にとんだ裏切りにあった気分だ。
 俺は気分のまま渋い顔をしたのだが、俺の顔を見ていない先輩はわざとらしく口笛を吹いた。
「いやぁ……恨みは買わなくてもいいのでは」
 そんな必殺先輩とは違い俺の顔を見てしまった重火器先輩は、手を横に振って恨みを買うことを遠慮してくれた。
「大丈夫。今回買った分は反則に向かうはずだ。率先して買ってやるのが先輩の務めというもの。そして今までの分に上乗せで倍々したうえで、俺たちは卒業してさようならだ。わかるだろ?」
 しかし必殺先輩はどうしても俺に恨みを買わせたいらしい。先輩は後輩いじりもいい加減にしてくれといいたくなるようなことをいいだした。
 しかも必殺先輩の言っていることはまったく変わっていないのだが、実は重火器先輩の心をくすぐることことばが使われている。だから重火器先輩はハッとしたあと、嬉しそうな声を出した。
「恨みが倍々でバイバイ!」
 この世には……気がついてはいけないことがある。
 しかし、重火器先輩を見ていると冬の冷たい風のような親父ギャグでも気が付いた方がいいのかもしれないと思う。
「よし、行こう! たぶん恨みを売るようなことになるが、そうなると、売買の倍々でバイバイだ!」
 トリプルギャグだと嬉しそうな重火器先輩に、そのギャグ寒い上に俺がつらいだけですとは言い辛い。それこそ『いいづらかったの』だ。
 ほんのり凍える俺にふりかえりニヤニヤ見たあと、必殺先輩は手を振って走り出した。その憎らしさときたら良平のしてやったりな顔に匹敵する。
 そうして先輩方ははりきってその場から立ち去った。
 俺は親父ギャグとこれからのことを思いほんのり冷えた体をさすってから、辺りの気配を探る。
 この辺りには離れていく先輩方と三年生数名の気配くらいしかない。
 もっと範囲を広げて気配を探ってみると三年生の気配がちらほらあった。おそらく罠でも張っているのだろう。散らばった三年生の気配はあまり動かない。
 俺はさらに気配を探る。
 二年は三年と違い、素直に最初にいた場所で戦っているようであまり移動していない。二年生の中に混じった三年生に離脱させられたりしている。先生の一人もそこにいるので、もしかしたらその先生狙いの三年生かもしれない。
「……答えでもくれるのか……?」
 そうして気配を探っていると、その集団と俺の間……こちらに近づいてくる焦点先輩の気配を、俺は見つけた。
 まだ距離があるし隠れた俺の気配を見つけられない焦点が俺を探しているとは限らない。
 けれど俺は先輩が俺に用があると、なんとなく思った。
「味方になるかなるまいか。どちらにせよ、一度顔を合わせることになるんだろうが」
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