空き教室で珍しい二人を見つけ、俺は声をかけずには居られなかった。
「よう。叶丞、浮気か?」
「んなわけあるかいっちゅうか、浮気て恋人もおらんわ!」
「何ィ? カミさんどうした、カミさん!」
俺の声に真っ先に反応したのは、変装後は大変有名な叶丞だ。叶丞の答えに驚いたように振り返り、その黒く長い髪をぶつけた男は、九我里という先輩である。この先輩は、叶丞が三年の教室に出入りするようになって仲良くなったらしく、たまに二人で話しているのを見かけていた。
仲がいいのは見かける頻度からいっても解る。しかし、この二人が二人っきりで空き教室にいるなどということは珍しいことだ。
「カミさんて誰ですか、心当たりないですわぁ」
「お前のカミさんっていったら、あれだ。あ、変装後しらね。あれ、とにかくあれだよ。そうだろう、副委員長」
「いやあれって解りませんねっつうか、叶丞、何してたんだよ」
叶丞は、はっとして手に持った髪ゴムを見たあと俺を見た。
「あっかん、ポニテやと、佐々良とかぶるやん」
「それはアイデンティティの崩壊だわ。副委員長と同じは断固拒否する」
「何してるかわかんねぇけど、俺、今、すげぇ否定された?」
九我里先輩はしばらく俺を、こちらが不安になるような目で見つめ、何度か頷くと叶丞に命令を下す。
「副委員長と同じくらいなら、はん……叶丞と同じほうがマシだ」
「いやですよ、先輩がハーフアップとか病んでる感じめっちゃするやないですか」
「俺はどんな髪型にしても病んだ顔をしてる。安心しろ間違いない」
口を開けて笑うと噛み合いそうにない、噛まれたら痛そうなぎざぎざの歯が覗く。眉は下がっているが、それが余計に不安を誘う。確かに病んだ顔をしている。
「いや、そうかもしれませんけど」
「何、もしかして、叶丞、先輩の髪どうにかするのか?」
叶丞の持った髪ゴムや先輩と話す内容を聞いて、俺はおもむろに生徒から貰った赤い花の髪飾りを出した。
「これも使うか?」
「使うかって、あー……似合わんでもないかも知れんけど。なんなん? どこで手に入れたん?」
「『ふくいいんちょう、使ってくださぁい』に一票」
先輩の言うとおりだったので頷く。先輩は楽しそうに笑ったが、少し不安の残る笑い方である。
「先輩全力で笑うのやめたってください、めっちゃびびられてますよ」
「ヒッハ……ッ……あーん……しかたない、手加減してやろう。で、俺の髪の毛はどうされんだ?」
「まとまったらええだけなんですけどね。先輩、しゃがんだらめっちゃ床掃除してはりますし」
叶丞が言うとおり、先輩の髪の毛は長く、黒い髪が床を掃除したのか、白い埃までついていた。
「いっそ三つ編みでもしたらどうだ?何本か作ってまとめてみるとか」
「なるほど、ほなら、手伝うてもらおか」
「は?」
「いやぁ悪いな。感謝する、副委員長」
「は?」
そうして俺は、親しくもない先輩の髪の毛を三つ編みすることになったのだ。
翌日、その髪型が気に入ったのか、先輩は幾つかの三つ編みを赤い花をつけて揺らしているのを見かけた。
昨日と違って口布があるせいで、それはそれで怖かった。
これが、焦点であると知るのは更に後のことだ。
なるほど納得である。