学生時代の蛮行の賜物


「だって第一印象から決めてたんっす!」
 そんな一斉に告白されるイベントごとでもやっているようなことをいわれても駄目なものは駄目である。
「あー……でも、不採用っちゅうことで」
「そ、そういわず、反則狙撃さん……っ」
 まず、入社試験が駄目だったのだ。俺たちが事件を解決して帰ってくると、就職希望者が一気に青ざめ、試験の時間切れを知った。それはこちらもすっかり忘れてしまっていて連絡し忘れたのだから、申し訳ないと思い、せめて成果を見て決めようかと俺も思ってはみたのだ。
 しかし、その成果たるや、調べものの一つもうまくいっていなかった。
「試験だけでも駄目やっちゅうのに、第一印象で決めるてなんや。反則狙撃とかいわれとる人間の何を見て最初に決めとるんや」
 就職希望者である篤也(あつや)くんは、俺の後輩に当たる人間だ。学園在学中は反則展開と呼ばれていた。
 だが、その反則具合たるや、俺と一緒にしてはかわいそうだというのがあの頃から付き合いが続いている友人たちの評価だ。そのため友人たちはかわいそうだといいながら、篤也くんのことを姑息展開だとか熱血姑息だとか呼んでいる。
「で、でもすごくかっこよかったんですよ……! 卒業試験の!」
 俺が生きてきた中でも五本の指に入るくらい消し去りたい記憶だった。それで第一印象から決めたというのなら、俺は篤也くんを断り続けたい。
「当たり年といわれた三年生をああまで見事に……!」
「あ、そっちかぁ……俺の進級課題な……」
 篤也くんのいう卒業試験は、俺の三年への進級課題だった。ただしくは、進級させてあげるからやってやってとお願いされて、やってしまったものだ。三年生に何人か留年した人が出たため、とても恨みを買った。
 あれは俺自身の卒業試験より酷すぎて忘れたことにしていたのだ。
「あのプロモーション映像で入学を決めたくらいです!」
 そう、その恨みのせいで、プロモーション映像化が行われたのである。忘れたことにでもしていないと俺はやっていけない。
「……まぁ、それだけじゃなくて、反則って褒め言葉じゃないってしっとった?」
「え?」
 俺は在学中からずっとこの反則狙撃という名前が好きではない。就職先の先輩……社長に、その本人が気に入ってない名前を連呼していい印象が与えられるわけがないだろう。もちろん、俺もそれでいいと思えなかった。
 だが、反則狙撃もしくは反則はもはやあだ名のようなものになってしまっている。俺が少々嫌がったところで、通りがいい名前が伝わってしまうのも仕方ない。
 だから俺とて、それだけで駄目だとは言わなかった。
 積もり積もるところではあるが、そこだけで評価したりはしない。
「でも、俺たちの中ではすごく……」
「ああうん、あのプロモーション映像みたら、そら盛り上がって反則っちゅうの伝説になるのはよう解るわ。でも、反則って、褒め言葉ちゃうからな、気をつけてな」
「はい……」
 篤也くんは素直な性質だ。
 俺の言うことにも素直に頷いてくれる。
「もうな、そこまで篤也くんがんばってくれると、はっきりいったらんとあかんなと思うんやけど」
 俺がそういうと、篤也くんが衣服を正して背を伸ばした。真剣だ。
 しかし、俺のいうことはそこまで真剣に聞くことでもない。
「わんこはもう、一人おるし。欲しいと思う戦力もないし、なんとなく新入社員増やしたりしてもしゃあないし。何より、俺は、たいそうな人間ちゃうから……その、眩しい目で見られるのが得意ではないっちゅうか」
 篤也くんは俺の言葉を一語一句漏らすまいと瞬きも忘れ、俺の話を聞いていた。だが俺の言葉が重なるごとに、しょんぼりと背を丸め俯いていくので、言っている俺も少し罪悪感がある。
 しかし、篤也くんは、急に再び背を伸ばすと、顔を両手で叩き、再び俺を真剣な眼差しで見つめた。
「では! 欲しいと思うような戦力になり、見つめるのも控えればいいということっすね!」
「まぁ……そうかもしらんね……」
 確かに欲しいと思えば勧誘くらいするかもしれない。けれど、どうも篤也くんの気迫に飲まれている気がしてならないのである。
「がんばります!」
「え、ええ……?」
 俺がそうして首を傾げている間にも、篤也くんは立ち上がり、頭を下げて走っていってしまった。
 そして俺は、篤也くんの背中を見送るしかなかったのである。
「誰や、あの子のこと姑息とかいいよったんは……」
back