意識で魔術式をかくというと語弊がある。しかし、それに似た感覚だ。
想像する。
所狭しと並べられた数字と図、魔術を指定するための単語が書き込まれた式だ。
更にそこから、式の示した結果を脳内で映像化する。
それを、自らの持つ力を使い展開するのが魔術だ。
式を重ね、意味が繋がるように、一つではなくいくつかになるようにするのが多重展開である。
多重展開だけではないが、それをいかにロスを少なく、ミスをせず、素早く展開できるかが魔術師の腕の見せ所だ。
俺は一度瞼を閉じる。自分自身を中心に、そこから三歩ほどの距離に円を描く。円が出来ると、俺から言葉と数字が溢れ、それらが決まった場所にたどり着いたところで瞼を開いた。
それと同時に、欲しいところに欲しい線が、円が、開く。
「展開」
穿った点は六つ。そこから溢れた炎が一番外側の円を瞬時に燃やしつくし、一回転すると、宙でまとまり、弾けた。
それは六方向に矢となって飛ぶ。
それらを見て、傍らにいた良平が口笛を吹いた。
「はっでー。けどこれ、多重展開じゃなくて、六つ矢が飛ぶ魔術だな」
「……細かいのは得意じゃない」
「いやでも、それは、こうすれば」
良平がそういうだけで、その場に山吹から黄緑へと変わる光が一瞬にして貼り付けられる。手順としては俺と同じものを踏んでいるはずだ。しかし、良平のそれは速すぎてこちらにそのまま貼り付けたように見せる。
良平のそれは俺より一つ円が少なく、俺よりも複雑で、式が重なって見えた。
「な?」
俺に同意を求めるように、手に持った棒で地面をつく。それを合図に魔法は展開し、俺がつくった六つの倍、十二の矢を炎で作った。
俺の時とは違い、円を走る炎の量は少なく、宙でまとまることもなく、様々な場所へと飛んでいきながら、炎を走らせる。空気中で大きくなっていく炎の矢に、俺は唸った。
「これだって多重じゃねぇよ」
負け惜しみだ。
しかし、良平は俺の負け惜しみを軽く笑う。良平は俺に見せるために魔術式が見えるようにしてある。魔術式程度読めないようなら、魔術師失格だ。だから、もちろん、良平が現在展開している魔術が、まだ展開し終わっていないこともしっている。
それを思い、俺が渋い顔をすると同時に、良平の魔術式がうっすらと輝く。一番外側の円からボコボコと土が盛り上がり、一瞬にして複数個固まると、それも様々な場所へと飛んでいった。
「多重じゃない?」
わざとらしく首を傾げる姿に、俺の眉が跳ね上がる。
「多重……だな」
俺が口を閉じて、まだ輝きを失わない良平の魔術式を見ていると、遠くから声が聞こえた。
「お二人さんもうええかなー! 俺、避けるのしんどい! ちゅうか、そんな色々な場所、飛ぶんやったら、的とか必要ないやろ! だいたいなんで俺なん!」
俺は軽く首をひねり、鼻で笑う。
「幻聴が聞こえる」
良平が盛大に噴出したあと、大きな声でいった。
「幻聴だってよー!」
「え、ほなら、幻聴らしく戯言とかいうとくー?」
幻聴らしいとはいったいどういうことだ。幻聴の分際で図々しいとは思わないのだろうか。
俺は幻聴を無視して、良平の魔術式を更に改良して見せるべく、悩み、唸った。
「愛してる、とかか?」
「ひっ! なんでおるん!」
遠くで騒いでいる幻聴を聞きながら、俺は新たな魔術式を展開する。
「兄貴に近寄ってんじゃねぇよ!」
展開した魔術式は、見事な多重展開だった。