キョーが困ったように頬をかいた。相変わらず相手にされていない元いじめっ子達が、ついに地団駄を踏んだ。
「貴様らぁ……!」
さすがに、面識の薄いキョーを見下すことはあっても、直接何かするのは躊躇われたらしい。元いじめっ子の一人が、俺の顔に向かって魔道書を投げつけた。
俺は、本が顔にぶつかる前に右手でそれを掴み、投げたやつをチラリとみる。投げた本人は今にも火を吹きそうな顔をしてこちらを睨みつけていた。
「おい」
その隣で気まずそうにしている奴を見つけ、声をかけた。そいつに近寄り、その手に魔道書を渡してやる。そいつは信じられないものを見つけたようなアホヅラで俺を見上げた。
「本は大事にしろよ。仮にも魔術師なら、魔道書投げるなんて以ての外だ」
やはり罰の悪そうな顔をするそいつより、隣の男が吠えた。
「煩い!魔法の一つも使えないくせに魔術師を語るな!」
語るというほど内容のあることを言ったつもりはない。
至極当たり前の話をしたつもりだ。
「そうだな。使えねぇよ。それで本の扱いが変わるんなら大したもんだな。ああ、違ったな。先人が残した智を大事にできねぇなら、魔術師以前の問題か。悪かった。魔術師は悪くねぇ」
更に顔を赤くしてわなわなと震える元いじめっ子の違う方の隣にいた男が、不愉快そうに唇を歪める。
「口だけは良く回るものだな」
それはだから、そっくりそのまま返してやりたい。
良平が来るまでは、どうしてもこの場で待っていなければならないのだ。次第に、連中がうるさくなってきても仕方が無いだろう。
「口もようけ回らんからて……」
キョーの何においても敵いはしないという、憐れみさえ感じさせる呟きが、俺にはしっかり聞こえた。だが、やはり連中には聞き取れなかったようだ。
相手にされない悪口ばかりを垂れ流す。
「あかんたれやなぁ。ひぃ、塞いだったらどうやねん」
「こうやってか?」
素早く右手を落とす動作をすると、元いじめっ子だけではなく、キョーも僅かに身体をふるわせた。昔からキョーはこれを、恐ろしい動作だと言ってはばからない。
「もうちょいソフトに、もしくはセクシィに」
俺はキョーの言葉を鼻で笑ってやる。
一番近くにいて、俺のことが気になるあまりに元いじめっ子の金魚の糞と課している男ではなく、なんだかんだ元いじめっ子に引っ付いて詰られている俺の姿で溜飲を下げる小物でもなく、元いじめっ子の肩に手を置き、少しかがむ。
顔を突き合わせ、鼻で笑ったときと同じ顔のまま、口を開け、その唇を食んだ。
「ワーオー」
声を上げたのはその場に居なかった良平だった。
ようやく来たらしい。
俺は良平が来たにも関わらず、元いじめっ子の開いていた唇から舌をいれた。
「やるねぇー。あれ、なんかの罰ゲーム?」
「そやねぇ。罰ゲームちゅうか、特効薬ちゅうか」
きっちり咥内を舐め、唇を離すと、元いじめっ子は唇を押さえ、先ほどとは違う意味で震え真っ赤になる。それは無視して、キョーに向き直り唇を拭う。
「こういうことでいいのか?」
「そういうことでええんとちゃう?俺、目的のない嫌味とか得意ちゃうから、助かったわ」
状況がつかめていない良平は、それでもキョーの言葉で元いじめっ子が嫌味を言っていたことが解ったらしい。
「何、嫌味ってどういう感じ?ちくちく苛めたいかんじ?」
「ワンワンのキャンキャンみたいな感じや」
「そりゃ得意じゃねーよな。仕事を有利に進めるとか、情報を引き出すとかああいう駆け引き上で使う、あと会話のエッセンス程度に使うとか以外、あほらしいと思ってるだろ」
「そういうのちゃうて。無用な争いはしたないねん」
キョーはそういうものの、恐らく良平が言ったことが正解だろう。手を上下に振って大げさにヘラヘラしてみせる姿がとても業とらしい。
「それにしても、あいつら、三人ともチョロい部類か?あの程度で黙るって」
「あの三人はそうだな。昔からあまり俺を苛めるということにおいても活躍が出来ていた連中ではないな」
本当に俺を参らせるのは父親やその兄弟姉妹であり、俺を落とすのは弟だった。弟は無自覚に俺を落とすが、上げもするのだから、複雑な気持ちを抱かざるを得ない。しかし、魔術都市から離れた俺に息をさせないのは、血縁者ではなかった。今、目の前にいる脳筋の一人だ。
「ほな、三人そろたし、いこか」
「キョー、口直しは?」
「牛の舌に葱と塩でディープにしとき。薄いからあっちゅう間に焼けるし美味しい。レモンかけて最高ちゃうか?」
「あ、うまそう」
そういうディープキスは美味そうであるが、現在求めていない。
俺が文句を言う前に、良平もキョーも歩き出してしまう。置いていかれないように、不機嫌な顔をするだけにして、俺は歩き出す。
その場に残った元いじめっ子達の阿鼻叫喚が、しばらくして俺達を追いかけてきたのは、少しいい気味だなと思った。