一戸建てに住まうなら大型犬がほしい


 俺は恵まれている方だと思う。
 良平さんの手作りのチョコレートを貰ってから約一ヶ月たとうとしていた。
 俺は良平さんのチョコレートを毎日少しずつ少しずつ食べていた。そのチョコレートはまだ半分以上も残っている。しばらくは楽しめるだろう。これを幸福といわずしてなんといえばいいかを俺は知らない。 たとえ、それが味もないのに飲み込むのを拒否してくる、食感がぬめぬめする何かな上に、胃の中に入れた途端異常な主張を開始し、気分が変化するものでもだ。それが良平さんの愛かと思えば大変な充足さえ感じる。俺ほど幸せな犬はいない。断言できる。
 しかし、そのようなチョコレートを、良平さんはよしとしなかった。
 良平さんはそれを俺が食べるのを止めたのだ。
 けれど、俺は良平さんの手作りというものに手を出さずにはおれなかった。
 どんなに胃の中に重たいパンチが入ってきても、良平さんの手料理なのだから嬉し涙をながすようなことはあっても、苦しいだとか気分悪いだとかで泣いたりはしない。絶対だ。けれど、良平さんは無理をするな、死ぬぞと止めてくれる。無理はしていない。これも本当であるため、首を振ると、良平さんは何故か憐れんでくれる。ちょっと嬉しいので困ったものだ。
 そんな嬉しくて幸せでしかない俺は、良平さんにお返しを渡すべきだろう。
 これはチョコレートを渡す風習と一緒に流行ったもので、三倍で返さなければならないらしい。
 しかし、良平さんの手作りの三倍となると、いったい何を贈ればいいのだろう。土地だろうか、庭付き一戸建てだろうか。屋根裏……いや、床下……庭の物置でいい。俺もそこに住まいたいものである。 良平さんがいいというのなら、それなりに人間らしい暮らしはしておきたいのだが、犬は犬小屋だといわれればそれでいい。良平さんのそばにいられるだけでこの世界は輝かしいので別居でも、悲しいが大丈夫だ。通いつめるまでである。
 だが、さすがに本人の希望を聞かなければなるまい。いいや、良平さんの希望は聞いて然るべきだ。
 お返しのことだけで、良平さんと話ができると思って嬉しいなどとは……とても思っている。人間も犬も素直が一番だ。
「チョコレートのお返しすけど」
「飴細工。それしか受け取らない」
 悩む暇すらなかったと思う。
 とても素っ気な……クールな反応が少し寂しい。
 妄想は妄想だけで終わるものだが、それ以上に良平さんはクールだった。
 俺としては、いつも一緒にいられない良平さんと一緒にいる時間を悩んでいる間に稼ぎたかったし、そうしている間、良平さんにくっついていたかったわけで、こんなに即決されると途方にくれてしまう。
 仕方ないので、もっと希望をきいた。
「どんながいいですか?」
「犬」
 これもまた即答だ。
 それにしても良平さんが本以外を欲しがるのは珍しい。俺は首を傾げた。
「それで、用はそれだけか?」
 良平さんが大きくため息をつく。それだけの用で時間を取るなということだろうか。
 そう思うと、気持ちがへこんだ。
 なんてことだ、俺は良平さんの貴重な時間を無為に割かせてしまったのだと、本当にへこむ。
 俺はトボトボと良平さんの部屋をあとにした。



「あれ? どうしたん、その犬の飴」
「青磁から、お返し」
「え、意外なチョイス」
「リクエストした」
「なんや、もしかして、お返しの意味とかしっとってリクエストした?」
「おー好きなら、一生犬として傍にいろよって」
「うわぁ……」
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