彼は朝、目が覚めると、身に覚えのない服をきていた。
鏡の前にたつまでもない。
肌にぴったりと張り付く布は、少し動作を阻害する。布は安いものらしく、先程動くと、何かが弾けた音がした。
脇あたりが少々寒い。
彼は、慎重に起き上がり、布団を跳ね上げ、視線を下に下げる。
足はいやに頼りない布で囲まれているが、その筒状になった布に、足が二本無理矢理収まっていた。
その筒も長いのならばまだましであったのに、長さは座った状態で膝上…いや、股下何センチといったところ。正面からみたら下着が見えるに違いない。
何故か、太ももから紐のようなものがタイツと思しきものをとめているが、気にしては負けのような気もした。
下半身はそういう状態であるのだが、上半身はどうなっているのだろう。
彼は、脇だけでなく、肩が寒いことにも気がついていた。
なんとか肩を見る。
肩は素肌を晒しているが、肩から十数センチ下からアームウォーマーできっちりガードされており、肩は晒しているくせに、何故か袖は、親指が見えるか見えないかの長さがある。
次第に頭が痛くなってきたような気がしてきた彼は、最後に胸あたりを確認した。ざっくりと開襟された胸元、本来ならば胸の谷間が見えているだろう場所は、男である彼には絶壁が用意されており、膨らみではなく、平らかな…そう、胸板が見えている。
遣る瀬無い。
彼は朝から一体何が起こったかわからなかったが、非常に遣る瀬無い気持ちを抱えていた。
襟の高いその服、そして、ベッドヘッドにおかれていた先の尖った帽子をかぶれば、何か見たことのある姿になるのかもしれない。
彼は思ったが、なんとかそれを否定した。
いや、まさか、朝から何故そのような格好をしていなければならないのだろう。いくら十月といえど、冗談が厳しすぎる。
彼はなんとかこの冗談から抜け出そうとしていた。
しかし、ふと、視界にはいってきた小道具に、彼はどうしようもない現実を見てしまった。
ベッド近くの壁に寄りかかっている箒は、まさに魔女が乗るにふさわしい箒だったのだ。
何故こんなことになってしまったのか。
いや、そんなことを考えている時間があるのならばさっさと着替えてしまったほうが賢明だ。
彼は脳裏に、今現在同棲している恋人を思い浮かべる。
彼を起こしに来ることは滅多にないが、もしものことがあってはことだ。こんなひどい姿をみせられない。
そうおもって、彼はとりあえずアームウォーマーを腕から外すべく、手をかけた。
しかし、この時、すでに彼が毎日起きるだろう時間を過ぎており、恋人が出て行く時間に差し迫っていたことを、彼は知らなかった。
「チカ、もうでるから、そろそろ起き…」
軽いノック音のあと、躊躇なく開いたドアの向こう側には、彼の恋人、高雅院雅が目を見開き、驚いた様子で立っていた。
彼はあまりのことに身動きがとれず、高雅院をじっと見つめるしかなかった。
「……そういう、趣味?」
「違う!」
その割には否定の言葉はすぐに出た。
「朝!朝おきたら、こう、こんな、こ…!」
なんといっていいかわからない上に、こんな姿を見られたということが彼を動揺させた。
「ああ、うん、おちつけ。とりあえず…パンツ見えてる」
彼はハッとして足を閉じた。
下着の布地も頼りないのは気のせいであろうか?
彼は、跳ね上げてそのままになっていた布団を引き寄せる。
途方もなく、恥ずかしい。
「で、俺は、魔女に、お菓子くれなきゃ悪戯するぞって言われなきゃならないのか?」
彼は少し楽しそうにそう言った高雅院に、恨みがましい視線を向ける。
一緒に暮らし始めてから気がついたのだが、高雅院は少々意地が悪い。
彼は、なにも言わず、背中を腕で探る。
ファスナーを見つけ下ろそうとしたが、髪がファスナーに挟まり、痛いばかりでうまくいかない。
それを見かねたのか、質問をした時から考えていたのか、高雅院はなおも楽しそうに、彼に近寄り、こう言った。
「お菓子はないから、悪戯されようか?」
彼の手を取りファスナーから外し、その動きを止める。器用に髪の毛をファスナーから取ると、ゆっくりファスナーを下ろす。
「それとも、俺がしようか?」
首の付け根あたりに、小さな痛みが走った。
「…!」
彼が焦って振り向こうとすると、高雅院雅は彼から離れた。
「今日は、バイト遅番だから」
「え、あ、ああ…?」
「じゃあ、いってきます」
どうしよう、朝から、いや、朝だからこそこんな、高雅院に嫌われたらどうしよう。布団があってよかった。
彼は、ぼんやりと高雅院を見送ったあとそう思った。