カラス・ミヒロ



カラスだって、悲しければ鳴くだろうし、むなしくても鳴くだろうと思う。
俺は悲しみのあまり、カァカァと鳴いた。いや、鳴くしかなかった。
今、俺は、何故か、立派な大木の一枝に足をかけている。
その足が肌色で、それなりに柔らかい人間の男性の足ならば問題なかっただろう。
足は硬く、爪は鋭く、ついでに嘴も細く鋭かった。
この足をかけているのが電線ではなく、嘴も太くなかったのは良かったなぁと呑気な感想を抱くことで現実を逃避することくらいしか出来ない。
俺は、カラスになっていた。
こうなると俺は、可愛い七つの子がなくても、カラスだって鳴きたいだろうと地団太という力強さも感じられぬ足踏みするしかない。
カラスになっている理由がわからないし、何故カラスなのかというのも解らなかった。
もっと身近で、ネコだとかイヌだとか、もういっそ本来身近にいるはずがないが、身近になってしまっている竜でもいい。
むしろ、竜になってみたいものである。
俺とカラスを繋ぐのは非常に難しい上に、カラスになってみたいとも思ったことがない。しかし、カラスは竜と少し縁がある。その二つは北欧神話に登場している。
終末に黒い竜となる蛇と、鴉は色々いたが、渡鴉が有名だろう。
残念ながら俺の知る竜は、風の竜である。明るい緑を基調とした黄色に近い色で、その身はとても軽そうにさえ見えた。俺も現在カラスになっているが、普通の大きさだ。
しかも、慌てて焦って喚いても、カァカァと鳴くことしか出来ないのだから悲しい限りである。
カァカァと鳴くことしかできないといえば、ギリシア神話でカラスが虚偽の報告をしたから、そういうふうに鳴くことしかできなくなったという話もあった。
人間が猿から進化したとする現代社会では、神話はあくまでお話で、文化で、歴史だ。真実ではない。人によっては、それが世間に流布する真実よりも重きを持っても、あくまでそういう解釈なのだ。
しかし、魔法の世界ならどうだろう。
神話や幻想の世界の住人が闊歩する世界ならば、その話は信じるに値するのかもしれない。
だが、カラスがそうしてどこかの神話のようなものだったとしても、唐突にカラスになってしまったことの解決には一つもならないのだ。
焦りは、俺を原因解明から遠ざけていた。
『ミヒロ!よかった、変幻の魔法、解けそうだ……っ!』
大きな木さえも小さく見えそうな、綺麗な色の竜が上空から、おそらく俺がカラスになった原因を告げる。
俺はぎこちなく首を動かした後、竜の顔を見ようとした。
『悪ぃな、失敗しちまって』
続いた言葉の残酷さに、竜の顔を見ることなく、俺は項垂れる。
できたらここから羽ばたいていきたいくらいだったのだが、竜の気配の圧力のようなものが俺の邪魔をした。
ヒュー、お前だったのか。
狐を見つけた猟師のように呟きたいところであったが、やはり俺は、カァカァと鳴くことしか出来ない。
俺は再び、その場で足踏みするしかなかった。