こんな国の端に近い街で王子に出会った理由はすぐにわかった。 この国は魔法が発展している。何処でも移動魔法であっという間に移動ができてしまうのだ。 あっという間に王都についてしまった俺は、すぐさま城へ連れて行かれ、更にすぐさま王子と面会させられた。 「盗人は捕まえた。だから、お前をくれ」 「俺は考えるって答えたよな」 王子は記憶を辿るように、目を細めた。 すぐに何かに気がついたような顔をしたが、何事もなかったかのように答えてくれる。 「忘れた」 「ああ、絶対覚えてるな。で、盗人を捕まえてくれたことは感謝する。だが、俺が王子様のものになる理由は一つもない上に、無理だ」 「無理?」 俺はいつも胸ポケットに入れている身分証を取り出し、王子に見せながら説明した。 「俺は、莉桜国(りおうこく)第一王子で、国の警備隊の第二部隊隊長を務めている。その上あんたが好きじゃない」 王子は出会ったときのように、俺を睨みつけ、腹の底から無理に出したような、掠れた低い声で苦しげに言った。 「それは、俺の髪がピンクだからか……」 「いや、それはどうでもいい」 話を随分そらされてしまった気がして、俺は思わずはっきりと答えた。 だが、王子にとってそれは、話をそらしたわけでも、どうでもいいことでもなかったらしい。 急に立ち上がって、俺にとってはとてもどうでもいいことを言い始めた。 「では、俺の髪がピンクでも、ましてチン毛がピンクでもいいってことか……!」 「いや、別に似合ってるからどうでもっつうか、今、チン毛とか最たるどうでもいいことだな」 俺の国では、よく見かける色であるため、本当にどうでもよかった。 「結婚してくれ!」 「いや、だから、断る」 その数刻後、あの演技がくさい使いがやってきて、莉桜国から許可は頂きました。繚乱(りょうらん)様は、今日から嫁ですといわれるまで、言い合いは続いた。 まるで勝訴を告げる人間のように、俺に嫁だと言った使いに、俺は盛大に舌打ちをした。 「あのクソジジイ。どうせ国政に利用とかしやがったんだろうけど、仮にも第一王子手放すとか……クソ、十三人王子居やがるしな……」 舌打ちして悪態はつくものの、母は正妃ではないし、妾の中でも身分も高くない。第一王子といっても、一番最初に生まれたというだけで、王位継承権は五位だ。そのあたりになると、確かに嫁にでもいって国益になってくれたほうがありがたいのかもしれない。 「リョランというのだな。国で先に決められてしまったが、ちゃんと式は挙げるし、大切にする」 「繚乱だ。なんだ、その魚の卵みたいな名前は。つうか、嫌だといって……」 「あ、嫁に出すって決まったときに、ちゃんと籍はこちらに移して、役所に提出して、権力で入籍させましたので」 自国のことを思えば大人しく、百歩譲って結婚するべきなのかもしれない。だが、けして嫁にはなるまい。 「籍を出した際に気がついたのですが、シガン様より五百歳ほど年下なのですね!」 「……五百?」 「じゃあ、りょら、リョーランは二十三か」 「……五百?」 「恥ずかしいから何度も言うな。まだまだ若輩者だが、幸せにするぞ」 結婚という言葉も、嫁という言葉も吹き飛ぶ年齢差だ。 この闇の国は、繭に覆われているため、誰もが不吉といって近寄らなかった。 あまりにも情報が少ない国なのである。 だから、この国の民の寿命など俺は知らなかったのだ。 王子の年齢を知ったおかげで今更ながら、父は、この国が恐ろしくて俺を引き渡したのかもしれないという考えにも至った。 「五百二十三歳で若いなら……俺、あんたより確実に先に死ぬんだが」 それを聞いて、王子がこの世の終わりのような顔をした。 俺の種族は二百も生きたら大往生、五百も生きたら生きる化石である。 俺にとって単なる事実でも、王子にとっては計り知れない絶望であったようだ。 驚きのあまり固まったあと、俺に縋り付いてきた。 「呪う!」 「呪いの反省をして突撃してくるくせに、呪うのかよ」 「リョランが居ないのは耐えられない……!」 「だから、繚乱だ。いや、今は名前はどうでもいい。あんた、俺の何がそんなに気に入ったんだよ」 縋り付いて呪うと宣言した挙句、剥がそうとしてもしがみついて離れないため、困ったようにいうと、俺にふてぶてしい態度しか見せてこなかった王子は、しがみついたままボソボソと呟いた。 「……身体が好みだった……だが、ピンクでもいいというから……」 「明らかに身体目的つか、それそんなに大事なのかよ?」 「男の癖に薄桃色の髪なんてかわいらしいとか散々言われたんだぞ!」 俺を見上げて、相変わらず睨みつけてくる王子に俺は困った。 「いえ、王子の薄桃色の髪はかわいらしいと大好評でしたが。ご本人は男なのにと大変なコンプレックスで。特に、下の毛ピンクは嫌だったようで」 確かに、言われたときは大変どうでもいい話ではあったのだが、デリケートな問題である。 コンプレックスともなれば、気になって仕方ないことだろう。 他人にはどうでもいい問題でも。 「似合ってるのに」 褐色の肌に映えて、とてもいい色だとは思う。 確かに女性的な色ではあるが、だからといって、王子を女性的に見せるわけでもない。王子はかわいらしいものは似合わない、大変男らしい容貌をしていたし、生まれ持った色彩もとてもうまく配色されているといっていい。 よく似合っていた。 「りょら、リョーラン。好き。俺のものになれ。そして、呪いで延命だ」 この明らかにおかしい王子がちょっと可愛く見えてきたのは、たぶん、なんだかかわいそうだからだ。 そうに違いない。 |