ひとりこと5



その姿を持ったのは、いつくらいだったか。
自分自身の姿を失い、ヒトに自分自身の力を押し付け、とぎれとぎれの意識と記憶をつなげながら、漂って、初めて得た形だった。
何故、人の形だったのか、何故、今更その姿を得たのか、何故、この場所にいるのか、何故、この場所に属しているのか。
『最愛』の傍にいたのは、それはもう習慣とも言えることで、意識がはっきりとしなかった俺がどんな手段を使ってここにいるかも分かっていなかったが、どうでもいいことだった。
『最愛』に触れられる手を持つ、『最愛』の近くにいられる姿を持つ。
俺という意思と俺という集合体が、そこにあるのなら、ほかのことなど瑣末なことだった。
しかし、形はちがえど俺は俺で、思いも、特性も引きずり、『最愛』にちかづけなどしなかった。
ヒトの形をしていても、変わらなかった。
何も変われなかった。
『最愛』は強いヒトだった。
いつも、俺に正面からぶつかる。
取り難い手を取らせる。
俺は仕方ないフリをして、内心で喜ぶのだ。
『最愛』に、それこそ、愛されてることに。
俺は何もかも無視をしすぎたのかもしれない。歓喜のあまり、周りが見えていなかったのかもしれない。
「最後のお遊びは楽しかったですか?」
それは人の都合。
俺という集合体の利用。
最後にいい夢を見させてやろうという、傲慢な考え。
俺はヒトではない。
理解していた。ヒトと違うものだと、わかっていたはずだ。
何故、ヒトが俺に何を思うか理解できなかった。
「君で完成するんです」
ここは、ヒトと異なる世界をつなぐ場所。
化物がいてもおかしくないその場所に、化物である俺がいるのはおかしくない。
だが、俺は化物としては規格外の存在だった。
この場所にいるのは、おかしい。
ましてこの場所、学校という機関に属しているのは、ありえない。
ヒトは好きだ。
しかし、人の都合というやつは、嫌いだ。
従ってやる理由などなかったのだが、俺の形は人の都合でできていた。
考えていたら、どうにかなったわけではないのかもしれない。
それでも悔やむのは、いつものことのようだった。
人の形を失って、再び、何か一枚隔たった世界で、少なくなった俺という形をなんとか保ちながら、思うのだ。
「あ、お兄さん、こんばんは」
「……こんばんは」
「この前の占い、当たりましたよ!」
底抜けに明るい声に、俺はうっすらと笑い、タバコのようなものの煙をはく。
「でもねー、なんか、わかりあっちゃって、俺置いてきぼりで」
青少年の悩みを聞くにはちょうどいい。
長く生きている分、青少年と違う意見もよくみえる。
「くやしいっていうか」
「……知りたいのか?」
「知りたいっていうか、教えてくれるっていうことに大事なものを感じるというかですね」
それも大事なことなのだろう。
俺は知っている。
教えないのは、これ以上弟子を使うことをよしとしなかった、『最愛』の思いだ。
「なるほど」
「お兄さんそのへんどう思いますか?」
「……さぁ?よくわからない」
俺のそっけない答えに、少年が肩を落とす。
「だが、ずっと知らないままということは、ないかもしれないな」
「えー、そうですか?」
「ああ、保証しよう」
俺は手ひらひらと振って、姿を元に戻す。
長時間、人の形は保っていられない。
必死になって、化物どもを形のないものにかえ、渡してもらっても、失ったものが多すぎた。
それでも、失わなかった。

だから憶う。



end


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