俺は息を潜め、辺りを見回す。
よし、大丈夫だ。
俺は斜め前の風紀委員室に飛び込むと素早くドアを閉める。これで一安心である。
「半井、今日も追われてんのかー?」
「おー俺、絶対死ぬわ」
「やりすぎて?羨ましいねぇ、色男」
「うるせぇ。死活問題だ。てめぇの幼馴染どうなってんだ」
今日も今日とて俺は追われている。風紀委員室の主、風紀委員長安藤モトヤの幼馴染、生徒会長墨田エイジに。
追われている理由がこれまた傑作で、一発ヤれ。というものだ。一応恋人である俺に否やはないのだが、一日一発どころの話ではないので逃げている。
墨田の腰が立たないのは問題ではないとしても、俺がたたなくなりそうというより、毎日毎日…スッキリどころかしんどい。
「どうって…一途で健気で気持ちいいのが好きなだけだろ」
「だけじだろじゃねぇよ。死にそうだわ。っつーかだいたい、もうちょっと風紀の乱れってやつ気にしろよ」
「あ?てめぇがいうのか?」
「今なら言うわ。言ってやるわ」
ちょっと前、俺は下半身の噂が絶えなかった。誰それとやっただの歩く十八禁だの、妊娠するだの。ないことをあるかのように言われるのもいつものことだったし、歩く十八禁などとまだ18にもなってねぇし。妊娠に至っては、ここは男子校で女のいる町も遠いだろうがと言ってやりたい。何故男子校で男が妊娠という話になるのだ。想像妊娠か?いや、想像妊娠ならあり得るか?
とにかく、そんな噂があった俺。つい最近ぱったりとその噂は途絶えた。
今期の生徒会長である墨田と堂々とお付き合いを始め、毎日、その会長様に追われているからだ。
傲岸不遜、俺様何様会長様。喧嘩もすれば、暴言も吐き、適度に下品でおぼっちゃまとは思えない行動に出る。闇金の取り立て屋かといいたくなるような会長は、それを補って有り余るのかそれらしいのか。声も出なくなるような美形の男前。野郎にしか見えねぇし、野性味溢れてるし、まさしく肉食の動物のようなやつだし。
なぜ俺なんだと思わないでない。
たまたまサボっていた裏庭で、たまたま会長とあっただけのしようもないヤンキーの一人である俺に、学園のトップアイドルが恋をする理由がわからない。
わからないが、何故か俺は間近に見た美形に心臓イかれて気が付けば、このざまだ。
いわゆる一目惚れ。
俺はバイだった。
下半身事情についても、半分は間違っちゃいない。火の無いところに煙はたたねんだよ。
だからって、会長様様を追いかける執念とかはねぇし、接点もねぇし、作ろうと思う前に諦めた。一目惚れするチャンスが既に俺にとって最大のチャンスだったと諦めていた。
そんなわけで、告白とかも考えていなかったわけで、いつの間にか一年経った。
ある日。
偶然にも偶然。俺は、また会長に会った。
会ったというか、すれ違いそうになった。諦めていたからこそやったというか、何も考えていなかったというか。
廊下、すれ違いざま、いきなり胸ぐら掴んで誰かが何か言う前に。
ベロチューして、驚きのあまり停止した会長に言った。
「ごっそさーん」
……何処に、惚れられる要素が?しかも、こんな熱烈に愛される要素が?
そのあと、親衛隊にもちろん呼び出された。当然のように呼び出された。
クソほど早かった。
呼び出しっつか、しようもないヤンキーが屋上でサボっている時に乱入されたわけだが。
お前なんかが会長様の唇奪っていいと思ってるの!というようなことを言われ、いいとか悪いとか、とりあえずもう、奪っちまったしな。てわけで、微妙な顔をしていたと思う。
好きだからって何やってもいいわけでもなし。明らか、迷惑行為だったわけだし。殴られんのはいいと思ってた。
ただし、本人に、だ。
その他はお呼びでない。
しかし、こいつらのご立腹もわかるから、殴りたいわけでもない。一応威嚇をしたが、あちらも本気だ。仕方ねぇなって、高くもねぇフェンスを飛び越えフライアウェイ!ではないのだが、先輩の遺産であるロープを使ってぶら下がり、下階に突入。窓はちゃんと開けておいた。いつでも逃走経路は確保している。だが、このロープ。もう使えねんだろな。派手に逃走しちまったからな。
そんなわけで、しばらく逃走生活をしたわけだが、一週間後、呼び出しがかかった。
生徒会長からだ。
俺がやることも酷いが、生徒会長も酷い。
呼び出され、行ってみたら親衛隊勢揃いで、その前で会長は言った。言いやがった。
「ほらな。一週間捕まらなかったのに、俺の呼び出しで一発だろ?なぁ、半井。俺のこと、好きだろ?」
いかにもらしく言われた。
俺も否定する気ねぇし、終わりくらい綺麗にキメておこうかとか、ちょっと思って。
「そうだが?」
とか言っちまった。
瞬間沸騰ってあるだろう?会長は、まさにそんな感じ。
真っ赤になった。
その後の行動は、仕返しなのか感極まったのか、ベロチューだったので、可愛いのか可愛くないのか。よくわからない。
でも、嬉しそうに『俺も好きだ』とか言われちゃ、お持ち帰りするだろ。
泣き崩れる親衛隊。
悔しいとか悲しいとかでなく、喜びで。
なんでも、会長は俺からキスされる前から俺にベタ惚れだったんだと。
会長も忙しいやら、忙しいやら、忙しいやらで、俺に近づけなくて。というより、俺もタイミングが悪かった。留年しちまうくらいの大怪我したせいで、まったく会えなかったとか。仲間連中の壁もあつかったとか。
その間に親衛隊連中を一人一人説得という、本気だよな、会長。そりゃあ、連中もよかったですねえええええとか涙するわ。
俺が大怪我して入院していた間、会長は非常に見れたもんじゃなかったらしい。
知らぬは本人ばかりなりってか。
会長がどうして惚れたとか、なんで俺なのかとか。
会長が俺を好きだというのなら、どうでもいい話で、こうやって追われてんのも、まあ…疲れたが慣れた。
「見つけた…ッ!」
そうこうしているうちに俺は、墨田に見つかる。
「風紀委員室じゃ、どうもこうもねぇよなぁ?」
「ふん、甘いな。モトヤ、仮眠室借りるぞ」
「おー。お手柔らかにな。壁はそんなに厚くねぇ」
「おい、風紀…!」
仕方ねぇから、俺は逃げる。
何故か墨田からは逃げ切れねぇから不思議でならない。



おわり

色々top