学園でいい男で、抱かれたい男というのは、大抵俺のことを指していた。
ナルシストでも誇張でもなく、そうだった。
しかし、それは少し前に俺の中でひとりの男に変わっていた。
角田勇次(すみたゆうじ)という、誰もが平凡だと言った生徒がいる。
俺はつい先日まで、その角田に恋をしていた。恐らく、初恋で、負けが見えている恋だった。
勘の良すぎる俺は、恋だと気がついた時から負け戦であると気がついていた。それでも初恋だ。少々無理をして挑んでいった。しかし、それはやはり負け戦で、決定打がやってくる前に、俺は逃げた。
急に恋人を作って、お前など好きではなかったんだと言って笑ってやりたかったんだ。冗談じゃない、お前ごとき、と言いたかった。
誰でも良かったわけではない。
平凡と言われる角田が到底かなわないような、届かいないような奴がよかった。
角田に好意をひとかけらも持っていない奴がよかった。
それが、宮間橘(みやまたちばな)だった。
変わった名前であるということと、どこかの街で有名な不良で、誰もが近寄らないということから選ばれた宮間は、よく、保健室のベッドで寝ていた。
何代か前がイタリア人であるとかで、卒業後アメリカに行くことになっている宮間の顔は整っていた。
いやに整った顔の多い学園の中でも、一種独特の雰囲気を醸し出すやつで、染められた赤毛と目鼻立ちのはっきりした顔が外国を思わせた。
宮間の顔をまじまじと見たのはその時が初めてで、意外と長いまつ毛であるとか、エロ臭いタレ目であるとか、口元のほくろであるとか、少し褐色系の肌であるとか、観察していたら、不意に、宮間が目を開けた。
宮間に逃げられてはことだと、マウントポジションをとっていた俺は、すぐさま告白をしたのだが、痛いところを突かれて、あえなく撃沈した。
ただそれが、いい男の非常にスマートな態度であるような、おせっかいであるような。とにかく、悪い気がしなかった。
あれこそ、抱いて!といいたくなるような男に違いない。
俺の初恋はその後すぐに終わってしまったわけだが、後悔は宮間のおかげでない。
そのあと、俺は宮間に礼を言おうと宮間をなんとなく探すようになった。
だいたいの生徒には避けられているし、本人が人のいるところに寄り付かないこともあって、あの男の周りには人がいない。
少し、羨ましく思う。
そういう自由さや、人に囲まれている必要のないことを、羨ましく思う。
それと同時に、寂しく思う。
誰も必要としていなさそうなところや、ひとりでいることが、いやに寂しい。
他人ごとなのだからというには、少々、俺も宮間に拘りすぎてしまったような気がするし、眺めすぎてしまったようだった。
自然と思った。
「あんたの、傍にいていいか?」
「270度くらい変えてきたな」
「迫る方がお好みなら、情熱的にやってやるが」
「ご遠慮することにしておく。……傍にいるくらいなら、いいんじゃねぇの?」
友人になりたかったのか、恋人になりたかったのか、ただそばにいたかったのか。
よくわからないままだったのだが、俺の行動は正しかったと、今になって思う。
「なぁー…ヤリてぇ」
「色っぽく迫れっつってんだろ」
「だが断る」

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