「多々良(たたら)先輩って、お前のこと好きだよなぁ…」
「ハァ?冗談じゃねぇよ。あんなん、嫌がらせだろ」
「いや、そう言う意味で、だいっすきだろ、先輩。お前に絡むの」
冗談じゃない。
心の内でもう一度唱えて、眉間に皺を寄せる。
「でも実際のところ、先輩、無理難題ふっかけて来てるようで、ギリギリできるくらいのこと頼んでくるじゃん。口わりぃし、腹立つ態度だし、なんつうか、滅びろって感じだけど、無理だと思うことは絶対頼まないっつうか、そこもイヤミっていうか」
多々良志朗(たたらしろう)は、よくできた先輩だ。
性格が良くて後輩の面倒をよくみて、誰にも好かれ、尊敬される先輩、ではない。
性格が見るも無残にネジ曲がり、後輩に難題をふっかけ、誰もに避けられ、そのくせ、誰もが一目おかざるを得ない厄介な完璧主義者。
人に過剰の期待は寄せないくせに、できることとできないことを正確に判断し、物事を采配する。
誰が推薦したかは知らないが、ありとあらゆる委員会を監査する立場にある委員会の委員長を務めている。
代々、いい性格でなければ務めることができないとされている監査委員会の今期の委員長は、誰もが嫌がる人間だった。
その嫌われようは監査委員会に属している人間すら、多々良志朗という人間を避けるほどだった。
たとえ誰もが、多々良志朗を避けようと、多々良志朗は意に介さない。
避ける人間を捕まえて、用事を事付、さらに嫌がられる。
そんな嫌われ者だから、俺と友人もご多分に漏れず、多々良志朗を嫌っていた。
「別に何かヘマやってイヤミいうわけでもねぇのにな」
「お上品な育ちの方だからじゃねぇの?」
もし、この会話が聞かれたとしても、多々良志朗は鼻で笑うことすらしないだろう。
それこそ『その程度』のレベルの低いことに、何かリアクションをしてやることさえ無駄としているのだ。
その姿は潔くも見える。
少し、羨ましい。
「だから、そういうとこがだいっすきなんだろ、先輩」
口を開けば余計なことをチクチクチクチク言ってしまうし、それが楽しい俺にはないことであるから、そう、羨ましい。
そうなろうとは思いもしないけれど。
「愛されて辛いなぁ…そういうお優しい心は他にわけてくれりゃいいものを」
羨ましくとも、好きになれる要素はない。
むしろ嫌いだ。
友人のいうところの、だいっすきのせいで、俺は多々良志朗に絡まれることが多い。
だから、これだけは言える。
「あんなんと付き合ってたら、割食っちまう」
「ひっでぇ」
噂をすればなんとやらで、通りすぎた多々良志朗は友人の肝を冷やすような眼差しで、こちらを見たあと、いつもどおり何事もなかったかのように通り過ぎていった。
「おっかねぇ…つうか、やっぱなんもいわねぇのな」
「自分でわかってんじゃねぇの?」
軽口を叩きながら、俺は、内心首を傾げる。
視線すらよこさない人なのに、少々サービス精神がありすぎたのではないか。
俺は何も知らなかった。
その視線が、ほんのすこし揺らいだことも、多々良志朗が俺のことを本当に好きだということも、何も。

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