「う、うあああああ」
紫信が本当に、鼻水に構うことなく泣き始めた。
こうなると、紫信は厄介だ。
格闘ゲームの技が出せなくてむちゃくちゃにコントローラーのボタンを押す人みたいに、手足をむちゃくちゃに動かし始める。
そして、このときの紫信は加減というものを知らない。噛む、引っ掻く、蹴る殴る、叩く。なんでもする。
友人もこうなる前にやめたらいいものを毎回こうなるまで止めない。
「うっわ、やっべ」
ポロっとメロンパンが落ちた。めちゃくちゃに動き回り、暴れる紫信には哀れなメロンパンなんて見えていない。
あえなく、メロンパンはぐしゃりと踏み潰される。
踏み潰した本人が、踏んだ瞬間に気がついて、それを手にもって更に泣く。
あまりにも、わんわんわんわん泣くので、俺も、少々イライラし始める。
「だっからお前らなぁ…毎回毎回毎回、なんで、こうなる前にやめねぇの?馬鹿だろ?馬鹿なんだろっつうか、食物で遊ぶな粗末にすんな。つうか、反省して廊下にでもたってろつうか…廊下に正座してろ」
「え、あ、きいちゃん…」
「きいちゃんも止めてくれたらいいだろうが」
「止めてもてめぇらが聞かねんだろが」
眉間に皺がよっていくのを止めることができず、俺はいらだちのまま、そのへんの椅子を蹴る。
椅子が宙を舞った。
わんわん泣いていた紫信は、ポカンと宙を舞った椅子を目線で追って踏み潰してしまったメロンパンを握りつぶした。
ふっくらとしていたメロンパンの影も形もない。
「大体だ。紫信も、毎回こうなんだから、人にパンなんてねだってんじゃねぇよ。俺に頼んどけばいいだろうが」
「だって、きいちゃん、おべんとう…」
正直、食堂の食物も高いし、パンだって高級なパン屋価格であるため、仕方なく弁当男子をしている俺は、眉間に寄った皺を更に集めた。
「紫信のわがままくらい聞けねぇと思ってんの?」
「あー…普段はヘタレだから、簡単に聞くよな」
「黙れ。クソ野郎。つうか、てめぇも紫信のわがまま聞いてパン買いにいってついでにからかってんじゃねぇよ。紫信は俺のもんだっつってんだろ」
「え、きいちゃん、俺、誰のもんでもない」
「あ?」
「あ、え、いえ…」
俺は、紫信の様子を鼻で笑うと、紫信にティッシュを投げる。
「鼻水ちゃんとふけ。不細工が更に不細工んなってる」
「よ、よけいなおせわだー!!」
ちゃんとティッシュを受け取りながら、ちょっと涙ぐんで紫信は鼻水をかんだ。
紫信は俺の細やかな配慮に感動のあまり涙ぐんでいると思いたいが、きっと、ティッシュが急に飛んできたことに対しておののき、涙ぐんでしまったのだろう。
身体がびくりと震えたのを、俺は見逃さなかった。
「そんで…紫信、メロンパン、ちゃんと食うんだよな?」
「え、う、うん…ボロボロ、だけど…」
「ちゃんと江森に礼言え」
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして?」
そして漸くスッキリした俺は、一つ長い息をついて、身を小さくする。
「江森も紫信も、仲良く…ほんと、仲良く頼む」
俺が小さくなって困ったように笑うと、紫信がポケットティッシュを落とした。
「こっちのきいちゃんのが…すきなのに…」
「なんかいった?」
「ううん、きいちゃん一緒に飯くお飯」