授業が終わるとエルはロノウェの話を洋紙に書いて明日以降に会ったときに渡すと約束してくれた。それほど授業中に長々と話し込んでしまったことを反省したのか、それともロノウェの話がよほど口にしにくいのか。真面目と苦労性が服を着て歩いていると思うエルが、授業中に言ってしまいそうになるほどだ。それなりに俺を楽しませてくれるに違いない。
そんな楽しみが後になってしまったため、授業が終わった後に俺と合流したロノウェをどうやってからかったものか、わずかに悩んだ。
そのわずかな間、俺が黙っていたので、校舎と宿舎を繋ぐいつもの道は静かだった。俺の後ろにいるロノウェは必要以上俺に話しかけてきたりしない。それはロノウェが緊張しているからでも、無口だからでもないだろう。
静かな道に足音が響く。俺の足音とユキシロの足音だ。ロノウェの足音は俺が認識の外に置く前に、消えてしまっていた。
フォーが昼にロノウェの魔法の話をした時に考えたことを思い出す。ロノウェの印を組んで発動させる魔法は、暗殺や諜報をするときによく使われるということだ。この足音のしなささが、まるでそれであるといっているようで少し寒気がした。
「今日は、魔法で戦闘したんだってな」
俺は思い出しついでに、その話をロノウェに振る。
「……フォー様ですか?」
ロノウェは呆れたような、諦めたような、ため息のような声で俺に言葉を返す。肯定を示す言葉ではなかったが、返された質問が俺の言葉を肯定する。
「嬉しそうに話してくれたぞ」
ほんの少しばかり前と違い、ロノウェの動揺が足に出ない。突然足音がし始めたり、足音が止まったりということがなかった。それは詰まらないことであり、やりがいのあることでもある。反応がないということは詰まらないが、反応させたいという意味では何をしてやろうかと考えるのも楽しい。
「フォー様が嬉しくなるようなことは何一つしていないはずなのですが……」
「いや、そうでもない。友人が活躍したってのは、純粋に嬉しいだろう」
「そうですね、友人なら……嬉しいかもしれませんね」
言いよどむのは、フォーと友人だと思っていないか、活躍という部分が引っかかっているか、どちらなのだろうか。俺が今日までからかってきたロノウェを見ていると、どちらも有り得そうである。ロノウェは王族を友人にするどころか、友人すら必要そうに見えないからだ。ロノウェが人とそれなりに関係している姿は見かける。しかし、自然の流れに任せているだけでロノウェ本人が積極的に何かしようという姿を見たことがない。
活躍についてもそうだ。ロノウェの行動はそれが普通で、あたかも本人の意思はついでであるようにしか見えなかった。
どうであれ、本人は特別何かをしている意識がないのかもしれない。
それだけに、俺に数回向けた視線を思い出し、違和感を覚える。
「そうだろう。それで、印を組んで魔法を使うんだろう? 珍しい方法を使うんだな」
「狩りの時、声を出すより静かなので」
確かに、声を出すより音はしないだろう。狩りだけが理由ならば、ロノウェにあらぬ疑いをかけずに済みそうだ。俺は心なしか身が軽くなった気がして、口を滑らせる。
「印を組むのは確かなんだな」
「はい」
「ならば、使うところを見たい」
「はい?」
聞き返したロノウェが、いつもの無表情のまま首を傾げている気がして、俺は振り返る前に、比較的傍を歩いていたユキシロを見た。ユキシロはロノウェより雄弁である。きっと相棒であるロノウェの気持ちを代弁してくれているだろう。思ったとおり、ユキシロはこいつは何を言っているんだという目で俺を見上げていた。これとロノウェの考えが同じであると想像するだけで、俺の退屈が紛れる。
「嫌がらせじゃねぇよ、純粋な興味だ。見たことねぇから、見たい。駄目か?」
「かまいませんよ」
だが、ロノウェの答えは軽かった。それほど軽く言われると、逆にもったいぶってくれよと思ってしまう。なんとも面倒くさい考えだ。しかし、俺はわざわざ振り返り、手を使ってまで制止した。
「せっかくだ、お前の実力を見るのも悪くない」
「……何がせっかくなんですか」
ロノウェが怪訝な顔をする。俺はロノウェの表情の変化を見たかったが、こういった変化を見たかったわけではない。もう少し面白みのある顔をしてもらいたい。今は、嫌がったりしてくれると楽しいだろう。
「そろそろ休みだろう? 外出許可を取るぞ」
「いえ、それはせっかくに繋がってませんよ」
嫌がっている姿を見たいがために、俺は的外れな言葉を続ける。
「騎士団に行く」
「話を聞いてくださいというか、騎士団……?」
俺が何をさせようとしているかうすうす感づいてしまったらしい。ロノウェの怪訝な顔が、出会い頭に嫌なものを見たような顔になる。思い通りになって、俺は気分が良くなった。
「今度の休日、じっくり、騎士団でも巻き込んで見せてもらう」
そして、俺はロノウェにやってもらいたいことを口にして、ロノウェに止めを刺す。
嫌な予感が当たったといった様子で、顔を片手で覆ったロノウェに、俺は思った以上に満足したのであった。