恋人は魔法使い


 入学して三年目だ。
 高校 三年、春だった。俺は、クラス替えを余儀なくされたのである。
「はじめまして、椚(くぬぎ)です」
 今まで常識だと思っていたことが270度くらい変わる光景を目にしつつ、俺は諦めから笑みを浮かべた。
 これも仕方ないことなのかもしれない。
「椚君って、生徒会長様に見初められたって本当ですか!」
 クラスが変わって、一番最初に挨拶すると、そう質問された。
 俺は曖昧に笑うだけに留めたが、答えはノーだ。
 生徒会長……俺の常識だった世界からも有名だったやつを見初めたのはどちらかといえば俺だ。
 一目ぼれだったと思う。
 どんな手でも使って俺のものにしようとした結果、生徒会長の祠堂(しどう)は俺を好きになってくれた。
 好きになってくれたまではよかったのだが。
 付き合ってみると、どうも祠堂は嫉妬心が強く、さらに独占欲も強い。俺とは片時だって離れたくないし、生涯を誓うとかいい出した。
 何をそんなに俺のことをお気に召されてしまったのかわからない。わからないながら祠堂のことが好きな俺は、祠堂の誓いがどういう意味をさすのかもわからないまま、覚悟とかする前に、祠堂のご両親と会うことになった。
 ご両親は、跡取り息子が男を生涯愛するといい出したにも関わらず、あっけらかんと俺と祠堂に条件を出した。
 俺には、祠堂が住んでいる世界で年内に名を上げること。
 祠堂にも同様に、年内にそれなりの成果を残すことを課した。
 そして、俺は17年間生きてきて、まだまだ知らない世界が、こんな近くにあったことを知った。
 宙を浮いて飛んでいく紙に、同じくペンが飛んでいく。
 その上、生徒たちまで上へ下へと自由自在に空を飛ぶ。
 今ままで俺の世界にはなかったものだ。
『クラス変わって初日で心オレタ』
 祠堂にメールをすると、祠堂はAAを駆使して『ガンバ』という返信をくれた。
 応援する気はあまりないのだろう。
 俺が名声を得られなくても、飼ってやるからと本気でいっていたから当然だ。
 怖い恋人をもったものである。
「恋人は魔法使い、か……」
 ぼやいた言葉は誰に聞かれることもなかった。



 俺の恋人は、どの世界でも俺にとって一番である。
 たとえ、クラス替え初日から心オレタとメールしてきたり、両親に会わせてみたら、話飛躍してねぇか? と首を傾げたりするやつでも、俺にとってなにものにも変えがたい特別だ。
一時だって離れたくなかったのに、クラスが別どころか、生きてる世界が違いすぎる。そのため、色々と秘密ごとが多く、面倒も多く、そして、このままでは、もしかしたら年内に別れが来るかもしれないと思い、早々に生涯を誓うといってこちら側に引き入れた。
 一生涯を誓えるほどの愛情が芽生えているかというと、それはまだだというしかない。だが、俺は今、どうしても手放したくなかった。
 もし、椚に拒否されたら、俺は椚の記憶を消さなければならなかったのだが、幸いにも、椚は俺にベタ惚れで、頷いてくれた。
 俺と同じく、少し要領がよかったのも幸いしたかもしれない。
「会長、何携帯見て、ニヤニヤしてんすかー」
「恋人からのメールを見て、ニヤニヤしちゃ悪いか」
「きもちわるいでーす」
「でーす」
 双子の会計が何か言っているが、椚のことを思い出すと、どうしてもにやけてしまう。
 椚は一目ぼれだといっていたし、俺を落とすのに色々したといっていたが、その色々をされなくても、俺は椚を好きになっただろう。それくらい、俺も椚にベタ惚れだ。
 何せ、椚は誰よりにかっこいい。
 外見も男前とされる分類にはいっているが、硬派には見えない。どちらかというと軽薄そうで、薄ら笑いがよく似合う。
 背筋が寒くなりそうな笑い方をたまにするが、それもゾクゾクしていい。
 初めてあったときも、ボコボコに曲がった鉄パイプ片手に、俺を見つけて笑っていた。
 明らかに危険人物然としていたのだが、そこが俺を引き寄せたのだ。
 つまり、俺はイイ趣味をしていたのである。
「早く昼休みになんねぇかなぁ」
 椚を思い出しての俺の呟きに、そのとき俺の傍にいた双子は絶対会長の恋人を見に行こうと決意したという。
 その双子は俺の恋人を見て、わんわん泣いてしまうのはまた別の話だ。
正直、初見があの薄ら笑いとうめく人の上に乗ってというセットでは、仕方がない。
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