俺の先輩は世界一☆


先輩と出会ったのは、中学に入学したときのことだ。
俺の胸元にあからさまに入学式の香りがする花をつけてくれた先輩は、特に目立って何かがある人ではなかった。
花があるわけではない、まだ小学生が抜けきらない顔立ちと、それでも中学生も二年目になる慣れとが同居した普通の中学生。
真面目そうな黒髪、楽しそうに友人と話している姿、何をとっても飛び抜けることがない先輩を見て、俺はすぐに解った。
この人だ!
何がこの人だというのかは解らなかったが、とにかく、この人ほど素晴らしい人間はいないと、一目見たその日確信した。
入学してしばらくして友人になったやつの言葉を借りれば、俺はこの日から先輩を崇め始めたのだ。
まず、先輩を『花をくれた先輩』から、親しみのある先輩に変えるために、俺は先輩と同じ部活に入った。
先輩は、帰宅部だった。
俺は熱心に部活動に取り組んだ。
俺の自宅が先輩の家と同じ方向であったことから、それはもう一生懸命部活動に励んだ。先輩と偶然出会ったふりをし、うっとりと背中を眺めながら帰った日もあれば、急いでいるフリをして、先輩とぶつかって荷物をぶちまけ、適当に荷物を拾って、精力的に落し物をした日もあった。先輩にごめんなさいを何度も言い、部活外時間である休み時間に生徒手帳を届けてもらって、放課後にお礼をもう一度いうのも部活動としては外せなかっただろう。先輩と登校時刻も合わせて朝に挨拶、放課後に挨拶も忘れないのは後輩の鏡といっても良かったと思う。
そうして、俺は先輩と親しくなった。
生徒手帳を届けてもらったときは授業なんて瑣末なものは忘れて、先輩になんとお礼をいうか迷ったりもしたし、先輩と挨拶を交わすたびになにか一言多くいうのもバリエーションを考えたものだ。
そして俺は、先輩の後輩という地位を手に入れた。
先輩先輩と懐く俺を不思議に思いこそすれ、懐の広くて広くて…むしろ、広すぎて困る先輩は、俺という迷惑かもしれない後輩を快く受け入れてくれた。
先輩は心も広い、さすが、先輩である。
そんな先輩とも年齢の関係から別れというやつはやってくる。
先輩が中学を卒業し、高校生にならなければならなくなったからだ。
先輩はいいとも悪いともいわないが、ちょっと頑張ったら、近所の高校よりもちょっとだけいいところに行けるかもという成績を収めていて、楽だし、近いからという、とても合理的な理由で高校を選んだ。
俺にとってそれは、この世の真理であり、何よりも素晴らしい選択だった。
先輩がまた同じ部活動をするならば、登下校は一緒に出来るかもしれないし、俺が先輩と同じ高校に通うのもなんら不思議のない選択に見えるからだ。
そう、近いし楽だから、同じ高校に行けるのだ。
俺は、この幸せが永遠に続くと思っていて、高校を卒業しても、大学も学部さえ違えば先輩と同じところに行けるだろうし、先輩がこのまま路線変更をせず近くて条件に合うからという理由でサラリーマンになるのなら、俺だって似たような理由で近所の会社に行けるし、電車であったり、ホームであったり、改札であったり、駅に行くまでにあったり、休日にうっかりであったりできるはずだったのだ。
しかし、俺のあては外れる。
先輩と出会う前からよく見ていた夢の中に先輩が出始めたあたりから、俺の計画は失敗の一途をたどっていたのだ。
先輩と一緒に帰宅途中でファーストフード店に寄った時だった。
先輩が珍しく、直帰ではなく、本屋に寄り道したいからというから、俺も本屋に用事があるんですよといって、なんとなく一緒に寄り道して帰る先輩後輩みたいな顔をして、書店員おすすめの本を手にとった帰りに、小腹がすいたとファーストフード店に寄ったのだ。
安くて胡椒の味しかしないチキンを二人で手に持って歩きだそうとした瞬間に、俺と先輩は落とし穴にハマった。
落とし穴は深かった。
ただ深かった。
深すぎて、異世界につながっていた。
俺は、急に今までみていた夢の世界にたどり着き、しかも、先輩がいないことにショックを受けた。
手の中にある胡椒味のチキンが、異世界感と場違い感を如実に訴え掛ける中、俺は、煌びやかすぎるお迎えも受けた。
金銀ピンク青緑赤…カラフルな髪色が目に飛び込んでくる中、そんなカラフルさに違和感をまったく覚えない美しい人々の、輝かすぎるお迎え。
俺は、先輩がとても恋しくなった。
どこにいても目立つことがなくて、呑気で、ストーカーに狙われたって、きっとそのストーカーと仲良くなってしまうくらいのよく言えば懐の広い先輩は、どこも突出したところのない、ちょっと普通な人だった。
けれど、俺にとってはオアシスだった。
厳しい部活動も、先輩がいたからこそ、俺はやめることなく続けられた。
嗚呼、先輩、どこにいるんですか!
俺は探した。
探すまでもなく、そういう人は、とある学園に行くんですよときらびやかの一部が言ってくれた。
そうして、俺は先輩と再会したのだが、やっと会えた先輩には厄介なお邪魔虫がついていた。
先輩が大変素晴らしい方なのだから、仕方ない。
今更ながらに部活動の弊害が出てしまったのかもしれない。思えば、厳しいながら、順調に行き過ぎた感じがあった。
先輩、俺は負けません。
貴方の輝かしい、唯一無二の後輩の地位に収まるまで、俺は負けません。
ええ、絶対に。