「もう、こんななったら、ぶるのも面倒やわ」
小さい声だったが、やたら良く聞こえた。
サクヤのいうところの心友という奴の声。
この辺じゃ聞かない西の訛り。本人もあんまり普段から使ってはいない…俺の知る限りでは。
ツレのキョウイチが、一度も丁寧な言葉を崩したことがねぇえ相手。
それが、市橋雄成(いちはしゆうせい)。
背が高くてめがねで地味。髪の色は染めたとしか思えない黒さ。
一つ上の学年で、成績は常にトップ。あの学校にいることがおかしいと言われている。
運動神経もいいらしいが、まったくモテルだとかいう話をきかない。ある意味おかしなやつだ。目立つといえば目立つ人間であるのに、いつもあの人トップだね。だとか、あの人足速いねだとか言われるだろうに、うわさにはあまり上らない。何かインパクトに欠ける人間。
それが、だ。
喧嘩真っ最中の溜まり場にバイクで突っ込み、一部の人間を蹴散らし、挙句、敵味方関係なく脅しまわり、殴る蹴る…。
その姿を認めたとき、俺が真っ先に取った行動は、キョウイチを人身御供にすることだ。
何故そのような行動に出たのか?
答えは簡単だ。
一、二度痛い目を見ているからだ。
一度目は蹴りで飛ばされたときだった。
あのときはまだ食って掛かる気力があった。
二度目は思い出したくもない。
お陰でサクヤの扱いが少し丁寧になった。
今回は巻き込んでしまったとはいえ、怪我もしてねぇえし、物陰でうまく隠れてるみてぇえだしいいじゃねえか。と思わないでもなかった。
しかし、誰が何をいったのか、奴がきた。
そう、奴は来た。
急いでいたのか、仕様なのか。
眼鏡をしていない。
こうやって見たら、不良の類によくモテル類の顔なのではないだろうかとおもう。ある種の厭らしさが少しある以外は。
「俺、言うたよな?今度、お前に向けてお国言葉使うようなことあったら、ただじゃおかんって」
二度目の時に確かに聞いた。
「歯ぁ、食いしばれよ」
差し出されたキョウイチはニコニコしながら俺から体をずらす。
…キョウイチでは奴の暴走を止めることは出来ないらしい。
三度目の、痛い目に合う。
まったく不本意だ。
気がついたらつるし上げられた状態で、サクヤの目の前だ。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃの男子高校生というのは滅多に拝めるものではない。
しかも、助けられて、鼻水が止まらない男子高校生というものはさらに見られない。
少し遠くにある意識の中、馬鹿だな。と思う。
奴にもなにか言われてあんまりだとか言っている。あまりにもらしい。
意識がはっきりしない中、サクヤが言った。
「…な、なぁ、その、…だ、大丈夫?」
本当に馬鹿だ。
大丈夫なわけがない。
なんとなくおかしくなった。
笑うことは、恐らく出来なかっただろうが。