カナメのヒサヤへの第一印象は、ボコられている人だった。
自分とツレがよく行く場所の途中にある廊下に転がされたヒサヤは、無抵抗で蹴られていた。
その状態に弱いものいじめだとか、無抵抗だとか、そういうことは関係なく、あ、ボコられてる。という認識だけだった。
ただ、数人固まっている様子が目障りで、声をかけた。
転がっていたヒサヤに目を向けることなく、ヒサヤに暴力を振るっている連中にも視線をあわさず、蹴散らしている最中に、ヒサヤが動いた。
視界に入ってはいたヒサヤが動く様子に、漸くヒサヤに目を向けると、きつくつりあがった目と目が合った。
怖いといわれる顔をしているんだろうな。
なんとなく思いながら、そんなものはツレで慣れているカナメは笑うだけで留めた。
そこで過剰に反応したのはヒサヤで、目を見開いて睨んできた。
睨まれる覚えは無い。
余計なことを…とでもいいたいのだろうか。
どうだっていいが、少し理不尽だと思う気持ちもなくはない。
抵抗できなかったのか、抵抗しなかったかはしらないが、睨まれる覚えはカナメには無かったからだ。
ただ、何を言っても睨み続けるヒサヤが不意に口角を上げてにやりと笑ったとき、不意に、カナメはつかまったと思った。
ひたすら此方を見るヒサヤの目の強さは、いくらツレが怖い類の顔であっても、寒気がするもので、笑った顔もけしてときめくことができるような代物ではなかった。
つかまったのはどうしてなのか。
理由は解らないまま、カナメはヒサヤとベッドをともにした。



脚立を担ぎ上げ、予備の電気をもった上条さんは本当にかっこいい。
用具室から何処かへ向かうヒサヤの姿を、教室から眺めてうっとりする。
もはや、病気といえるくらいヒサヤにはまり込んでいるカナメにとって、ヒサヤを目で探すのはいつも通りのことで、窓から外を眺めているのもいつも通りのことである。
ヒサヤがいるかいないか、見れるか見れないか。それだけで一喜一憂してしまうカナメの姿を、『窓際の君』だなどと呼んでしまうこの学校の生徒はかなり恥かしい思考である。
カナメのその、窓の外を見て憂う姿がいいだとか、喜んだときに綻んだ口元がいいだとか…。本人は今日もヒサヤを見るためだけに窓の外を眺めているだけで、不本意中の不本意である。
「あー…えっちしたい」
そのうえ、ヒサヤを見ては、会いたいだの、触りたいだの、えっちしたいだのと思っている。
あの作業中に暑くなって上半身だけ脱いで腰に巻きつけたツナギ姿を見ただけで、息子が元気になると言って、若いと笑われたのはつい最近のこと。…その若い息子さんを弄られ、喘がされたのもつい最近のこと。
「エロい…上条さんストイックなんに、エロい。俺、本当、男なんに、淫乱呼ばわりされそうな勢いやん」
出会ってから一年。
探し出して、見かけては絡み、どうしようもなく好きになって、告白もできないでいると、付き合おうかといってくれたヒサヤと付き合い始めて10ヶ月。
セックスは出会ったその日にしてしまったし、デートだってした。
気持ちに落ち着きが見られないまま、深みにはまっていくカナメは、ヒサヤをツレ以外の友人には教えていない。
なんとなく嫌だからだ。
学校の整備員をしているのだし、見かけることは多々あるだろうが、ヒサヤの名前やカナメとどういった関係にあるかということは、あまりよく知られていない。
ヒサヤの立場も関係しているが、それよりカナメのまわりが煩いからだ。
ヒサヤはカナメとの関係がばれて、職を失って、世間に冷たくされても、『面倒くさい』というだけだろう。
けれど、カナメもまた回りにばれると面倒くさいことになるし、カナメを慕う人間はすぐにストイックでかっこいいヒサヤを尊敬のまなざしでみるに違いない。
そうなると、ライバルが増えるかもしれないし、なにより、ヒサヤにベタベタする存在というものが許せない。
今でさえ、ヒサヤは、ヒサヤのいうところの『友人』にベタベタされているのだから。
カナメはその事実を思い出し、ため息をつく。
けして邪な考えで、ヒサヤにベタベタしているわけではないし、ヒサヤも、その『友人』たちをアゴでつかうような性格なのだから、恋愛は一切からまない。
それでも気に入らないのは、カナメがヒサヤのことがすきすぎるからで。
それはいたし方の無いことなのだ。
ヒサヤに面倒がられてはと嫉妬を隠すたびに、ヒサヤに『七面倒な性格』と称されるのは、本当に肝が冷える。しかし、そのたび、優しげに微笑されると、なきたくなるほど嬉しくなってしまうのだ。
「あーもう…早く学校終われ」
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