こうい


不愉快だった。
四月、クラス替え、だいたい隣の席にされていたあいつがいない。
クラスが違うだけなら、いつもどおり寝て過ごせばいいと思った。
新しくなったクラスメイトは俺を見て、小さく何事かつぶやく。
しばらくすれば、その声も聞こえなくなるんだろう。分かっているから、俺は頬杖をついてあいつのように外を見る。
今日はいい天気だな、サボりたい。
あくびを噛み殺して机に突っ伏す。
いつもどおり。
けれど、あいつがいつもどおりとは限らない。
あの天然たらしを昼飯だと呼びに行ったら、新しくクラスメイトになった女と話していた。
話しているくらいじゃ、不愉快だなんて俺もいわない。
何か楽しそうだったが、そこまで不愉快と思うことは無かった。
だるそうに入口であいつを眺める俺に気がついたあいつが、こちらを向いて手を軽くふったあと、こちらに足を向けた時に、異常な不快感に見舞われた。
女が、あいつの腕を引いた。
一瞬止まったあいつが、女に振り向いて困ったように笑った。
俺は心が広いほうじゃない。
明らかにモーションだと思われる行為に、本人にその気がなかったからといって許せる心は持ってない。
「ハツカ」
おそらく不機嫌が全面に出たんだろう。
そこにいた全員が、ぴたりと動きを止めた。
「ごめんね、先約がいるから」
「で、でも…」
そしてまた困ったように笑う、あいつ。
女も気に入らないが、あいつの態度も気に入らない。
どうして笑うばかりで、はっきり断らない?
ただでさえ、しばらくしたら何も無かったようになるといはいえ、クラス替えをしたばかりで噂のまとで面倒臭いやら、嫌な感じはするわで、気分が良くないというのに。
そもそも、クラスが変わって、あいつが居ないことだって、本当は気に入らないのだ。
気がつくと教室の低い仕切りというか壁というかに足が入っていた。
ああ、へこんだ。
頭のどこかで冷静に誰かが言った。
「…ほら、怒られちゃうから、ね?」
それでもあいつは、笑うだけ。
女の腕を解くと、財布を持って、俺の場所まで悠々と歩いてくる様子が憎らしい。
「…学校壊しちゃダメでしょ」
俺は鼻で笑って、あいつを無視して売店に向かう。
俺を避ける奴らが鬱陶しい。原因は俺にあるのだが、不愉快なのも不機嫌なのも気分が悪いのも治りそうもないし、なおそうともおもわない。
「そんなに怒らなくても」
「あ?」
「腹減ってる?」
「さぁ?」
腹は減っていたが、今はよくわからない。
「あ、じゃあ」
そこであいつは、おそらくまた笑った。
後ろで、小さく空気が漏れて、俺の肩が軽くつかまれたと思い、振り向きもしないで振り払おうとしたら、俺の頬に何かが触れた。
「嫉妬とか?」
振り向きざま、足が出る。
逃げるのだけは得意なあいつにはカスリもしない。こんなところばっかり兄弟でにやがって。
「わりぃか?」
「んー…むしろ、嬉しい」
不機嫌丸出しの俺。
顔を崩すあいつ。
腹が立つのは、仕方ない。
好きだから、仕方ない。
「驕れ」
「お手柔らかにおねがいします」
そう言って、再び俺に後ろにあいつが来る。
俺の頭に乗せ、髪をかき混ぜようとする手を払う頃に、俺はまた思うのだ。
「お前はほんとズリィ」
「そ?俺、久住のがずるいと思うけど」
「は?」
「だって、素直に認めるから。すごく心臓痛い」
「…だから、おまえ…」
好きだから、仕方ない。
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