幼馴染であり親友である。
それが転校生だ。
俺が毎日毎日目立たず埋もれず、それとなく集団に溶け混んでいたというのに、親友が来てしまうと一気に俺の平穏はお空の彼方へと飛んでいってしまう。
「なんで、俺は有名人と飯を食ってるんだ?」
「俺がお前と飯くいてぇから」
唯我独尊とまでは言わないが、たまに我が道を行く親友に、俺は首を傾げた。
「なら、どうして有名人がここにいるんだ」
「俺が美形と一緒に飯くいてぇからから」
俺は、目を見開き、親友の肩を掴む。
「どちらかしか選べないと思え!」
「いってぇよ、手ェ離してくれ、お母さん」
「手を離してないのに、お母さんとかやめて、意味がない!」
美形の有名人に囲まれる中、唯一一緒に飯食えて良かったなぁと思える坂崎は、いつも通りマイペースに飯を食っていた。
坂崎がFクラスに行く前は、俺も同じクラスだったから、坂崎のことはそれなりに知っている。
悪い奴じゃない。
むしろいい奴だ。
だが、マイペースすぎて友人らしい友人といえば潮見くらいで、その友人であろう潮見すら、友人ではないかもしれないと自信を失くす。
「お前らおもしれぇな」
そう言って俺と親友をセットであつかうのは、いつの間にか自信を取り戻した潮見だ。
本人曰く不良ではない潮見は、自他共に認める不良である俺からしても、不良にしか見えない。外見のせいでふっかけられた喧嘩も買い、しかも腕っぷしも強い潮見は、どう見たって皆勤賞を狙える不良だ。
根が真面目なせいか、F落ちしたいとぼやくものの、無遅刻無欠席を貫いている。
潮見ももう少しうまく立ち回ればいいのにと思ってしまう俺は、立派な隠れ不良で、不慮の事故でうっかりまばゆい人たちに探されていた。
だからこそ、こうして目立つのを嫌がり、美形の有名人……まばゆい人たちを避けていたのである。
「俺はぜんぜん面白くない!くそ、こうなったら、今すぐ飯を食い終わらせて」
「ゆっくり食べねぇと消化によくねぇよ、ダーリン」
腰に手を回され、俺は音がしそうなくらい、ぎこちなく手の持ち主の方を向く。
それは、一般生徒と呼ばれる生徒には手が届かないどころか、その特別性たるや、ショートケーキの上の苺、クリームソーダのチェリー、焼きそばパンの紅生姜。
そう、学園生徒の代表、生徒会長様々だ。
「生徒会長様」
「貴信(たかのぶ)」
「生徒会長様」
「ダーリン、貴信」
俺は今すぐ逃げ出したい。
事の発端は不良に囲まれ、その身体能力を遺憾無く発揮してしまった生徒会長にあった。
俺はその時うっかり、本当うっかり、仲間に呼ばれて会長を止めてしまったのだ。
会長は負けず嫌いである。それ以来、俺に挑んでは逃げられ、追いかけ、逃げられを繰り返した。
そして会長はあらぬ勘違いをしてしまったらしい。この執着は恋かもしれないという勘違いだ。
違うと言ったところで、俺が法律な生徒会長は俺が好きっつったら好きなんだよわかったかといって、俺を見つけた日から、ありとあらゆる手で俺を陥落させようと迫ってくる。
最近では初めは品数の少なかった手作り弁当がキャラ弁へと姿を変えてしまったくらいだ。これが文句なくうまい。食べずにはおれない。
しかし、俺の隣でニコニコしながら、密着して、ダーリンなどと呼びつつ、たまに病んでる雰囲気まで漂わせられたら、それはまた逃げたくなる。
逃げられないなら、せめて、あの超マイペースにあやかりたくなるのも自明の理だ。
「いや、生徒会長様を呼び捨てとか制裁が……」
最初こそ色めき立たれたものの、今じゃ可哀想なものを見る目で見られている。
「させねぇし、しねぇよぁ……?」
暗く微笑む会長の、なんと恐ろしいことか。
誰もが、そう、親衛隊すら口を噤む。
「ほら、な?いい子ばかりだから、なぁ。貴信って、呼べ」
怖くてちびりそうなくらいな俺は、それでも生徒会長の名前を呼ばない。
「生徒会長様食い終えたので離してくださいお願いしますマジお願いします食卓ですみませんが退席してお花つみたいです」
嘘である。
しかし、会長は俺の腰から手を離してくれた。
「そうか。なら、仕方ない。手伝ってやる」
「何を!?」
尿意も引っ込む恐ろしい提案に俺は腰の代わりに腕を掴まれたまま、辺りを見渡す。
「親友助けて……」
親友は小さなバツを指で作って微笑んだ。
「薄情者おぉぉお!」
俺が叫ぶとようやく、やれやれと言った様子で坂崎が声をかけてくれた。
「会長」
「アン?」
「ドン引きっす」
「……お前がか」
「他に誰が」
何につけてもマイペース過ぎる坂崎は、何故か会長を抑止することができる。
なんでも、坂崎ほどのマイペースが止めるなんてよっぽどだ。なら、俺にもそう思われててもおかしくないと思うらしい。
「ッ……、だーり、大杉、ごめん」
しょんぼりとあの会長がしおらしくさみしげに離れて行くものだから、なんだかこちらもソワソワしてしまう。
「い、いえ……」
押してダメなら引いてみろとはいうものの、ここまで来ると恋の扉はスライド式で、押しても引いてもダメだったから横にスライドさせてみましたというくらいの違いがある。
俺もここにきて、とても可哀想な気持ちになるからダメなんだ。
坂崎は悪いやつじゃない。むしろいい奴なんだ。
いい奴なんだが、これ、確信してやってる?そう思わないでないお昼時だった。