結局、鬼怒川は大和撫子を振った。
「告白させて振るって傷口広がらねぇか?」
「暗い方向に行く前に、救えるやつがいねぇと告白なんてさせねぇよ」
確かに、大和撫子は鬼怒川に振られてすぐ、他のやつにアフターケアをされるようになった。それは恐らく、ゆっくりと大和撫子の失恋も癒すだろう。
「一ヶ月半じゃ、あの調子でどうにかできるもんじゃねぇし、かといって俺はそこまで親身になれねぇし。本当は俺よりもっと身近なやつが傍にいてやるべきだ。俺は、時々、気にかけるだけでいい」
振ったくせに振られたような物言いをする鬼怒川に、俺はわざと肩を落とした。
「振ったくせに殊勝なことを」
「まったくだ」
同意して笑う鬼怒川の服を脱がせながら、俺も釣られたように笑う。
「しかたねぇから、慰めてやるよ」
俺にされるままに動きもしない鬼怒川は、一つ頷き目を細める。
「味、変わってるかもしれねぇな、一ヵ月半だし」
前をはだけて、臍の横にキスしたあと、俺は鬼怒川を見上げる。
緩く曲線を作った口はいやらしい。俺と視線が合うとゆっくりと目が動いた。わざと逸らされた視線を追うこともなく、俺は口を開く。
「濃いか薄いかくらいじゃねぇの」
珍しく俺を誘う気があるのか、俺の服を脱がせる手が止まると、鬼怒川は自ら服を脱ぎ始めた。
わざと音を立てながらベルトを外し、前をくつろげる様は、これから俺が何をしようとしているかよく知っているといっているようだ。
「……それなら、濃いな」
「濃いなら、問題ねぇだろ」
薄ければ問題があるということでもないのだが、濃いならばなおさら問題はない。
俺と同じく鬼怒川も欲求不満のはずだ。
俺は下着の中から鬼怒川のものを取り出し、それを舐める。
見せ付けるように先端をくるりと舐め、こちらもわざと音が出るように舐めてやると、簡単に我慢汁が出始めた。
「……早めに出せよ。突っ込みてぇんだから」
「それは……お前、次第だ」
鬼怒川に誘われるのは、悪夢以外のなんでもない。下手なお誘いだから萎えるという意味で悪夢といえるのならよかったものを、必殺とはああいうもののことを言うんだと感心させるほどの効力を発揮してしまうから性質も悪い。
やっていれば自然と色々なもので濡れたりするものだが、鬼怒川に誘われると、何か他の感覚も濡れて侵されて、溺れる。
いつも見ている長いけれど綺麗でもなんでもない指がはっきりとこちらの目に焼きつく動作で、人の思考を奪う。
思考を奪われ、鬼怒川の意図したとおりに動いても、こちらに優越感を持たせるのだから、最悪だ。
俺が鬼怒川の味を確かめるのも、その優越感のせいかもしれない。
ほかにやられたら嫌がるようなことをしても、鬼怒川は呆れてもけして俺に止めろといわないからだ。
もちろん、度が過ぎれば止められることなのだが、鬼怒川は俺に対してそれが格別緩い。俺が鬼怒川に対してしたいことが、鬼怒川の感覚にあまり引っかからないせいでもあるだろう。
まるで、俺が鬼怒川を理解しているような、鬼怒川が俺を特別に扱っているような、そんな風に思わせる。
冗談じゃない。
「蓮」
鬼怒川に呼ばれて、考えるのはやめ顔を少し上げる。
俺が不機嫌なときは名前を呼ぶように、鬼怒川も何か思うところがあるときは、俺の名前を呼ぶ。
「味、違げぇ?」
俺がよそ事を考えていることを直接指摘するでもないくせに、鬼怒川は俺を鬼怒川に向けさせる。
これだから、この男には敵わない。
俺が少し首を振ると、刺激があったのか、鬼怒川が呻いた。
「こい」
「そりゃよかった」
そうして、俺は、鬼怒川を追い込み始める。
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