面白いは突然に。


携帯の画面、返信されていないメール。



「普通ってなんだろうねぇ」
といった晃二の気持ちは、わからない。
ただいえることは、縮まらない距離は、その言葉一つに要約されている。
文化祭で、晃二は、晃二のものだといってくれた。
けれど、一緒にいても距離を感じる。変わったけれど、以前よりも寂しい一つ隣。
晃二の問いに『わからない』と、誰かが答えた。…聞き覚えのある声だった。
こちらから見えないそこに振り返って、晃二が声を出して笑った。
何か、吹っ切れたのかも、しれない。
答えた誰か…総長がいなくなって、晃二と、式の準備が終わって誰もいなくなったそこで、二人だった。
「…俺ね、好きな子は虐めたいの。泣いて、縋りつかれて、それでも、慰めないで虐めていたいの」
『愛人関係』がはじまったあたりから、薄々気がついていた。
晃二は気に入った人間を虐める。
気に入った度合いによって、それは変わる。
晃二のお気に入りの中でも一番だった。
それは、特別だった。
だから、飽きられないようにしていた。
「それは、普通じゃないんだろうなと思ってたし、別にそういう自分が好きなんだけど。…でもね」
教員席に座って、晃二がわらう。
「欲しくて、ほしくて、仕方ないものは、追い詰めて、追い詰めて、追い落として、壊して、大事にしたい」
壊してから、大事にするのだろうか。
壊れる前から大事にするのだろうか。
おそらく、晃二の言っているのは前者だ。
「壊れちゃったものが、さらに壊れていくとね、俺も俺自身を保っていられないんだよ…俺は、それが、怖い」
自分自身が壊れることが怖いと、晃二はいう。
人を壊すことに躊躇いはないけれど、自分自身が壊れることを晃二は望まない。
「自業自得、なのにねぇ。自分のせいなのに。だから、これくらいの距離感がいいんだと、思うんだよ」
人の想いの形は、多種多様すぎる。
ぴったりと形が合う人を見つけられるのは、奇跡なのだ。…いや、もしかしたら、それを運命というのかもしれない。
それならば、俺は、運命などいらない。
「晃二」
「だめかしら?」
「…晃二」
「一枚、何かを挟んだ関係、ダメ?」
その『何か』がなくなればいいと、ずっと思っている。それは『距離』で、とても近く、とても遠い。
「…俺が、いらない…?」
弱々しい言葉が落ちた。
「…ねぇ、普通ってなんだろ」
「いらない」
何かを挟んだ関係はいらない。
埋められない微妙な距離も、いらない。
晃二の気持ちがわからない、『普通』など。
「わかんないの次は、いらないかぁ…過激だなぁ」
今度は抑えるように笑って、晃二は俺を見た。
「欲しい。すごく欲しい。最小単位だって誰にもやらない。傷つけるのは俺だし、癒すのだって俺。踏みにじるのも、抉るのも、愛するのも、好きになるのも、大事にするのも優しくするのも、全部、俺が貰う」
引っ張られて、晃二に寄りかかりそうになって踏ん張る。
「皐」
名前を呼ばれただけなのに。
惹かれて、嬉しくなってしまうから、ずるい。



卒業式が終わると、校庭に卒業生と在校生が溢れた。
いつも通り、俺と晃二は生徒会室でサボり。
それに加わったのは、卒業生に縁が深いはずの橋上だった。
「なんというか、あの人、囲まれすぎで近寄れなくてな」
そういって、生徒会室から校庭を眺める。
視線は龍哉を追っているのだから、橋上は正直だ。
俺も同じように、龍哉を追っていると、龍哉が不意にキョロキョロとあたりを見渡し始めた。
「兄さま、トモちゃんさがしてるんでない?」
「…いや、まさか」
龍哉が生徒会室をまっすぐと見上げる。
その隣には幼馴染が立っている。
この組み合わせも見納めか。と見ているときだった。
龍哉はにやりと口角をゆがめた。
そして、周りの誰もに聞こえる大きな声で、こういった。
「生徒会書記の橋上智樹は、俺のもんだ、手ぇだすなよ?」
白昼堂々の告白だ。
橋上は、突然、生徒会室の窓をがらっとあけると、窓のサッシを持ったまま、こう返した。
「…お前こそ、ぜってぇ、浮気すんな!」
ソレをきいて、生徒会室を見上げた幼馴染…雅は、俺に手を振ってくれた。
周りが騒然とする中、雅はパクパクと口を動かしながら、中指を立てた。
『不幸にしたら、コロス』
「あらやだ、こわーい」
といいながら、親指を下に向けた晃二は、いい度胸である。
しばらくすると、生徒は教室に戻りはじめた。
「さて、かえろっかー」
そうやって橋上を促した晃二は、橋上をさっさと生徒会室から出すと、掠めるようなキスをくれた。
「少年に、お礼いわないとなんないかなぁー」
「…総長、また、混乱…する」
「だろねぇ。面白いからお礼いってやろ」
そして、俺たちは教室に戻る。



答えは、決まっている。








end







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