彼は走る。
陸上部も驚くその瞬足、そのフォーム。
彼を見送る生徒たちは驚く前にため息をつき、彼のために道を開けた。
それは廊下にいる生徒たちにとって習慣であり、当然の行為。
彼が廊下を走る。
その姿はなかなか拝めるものではないと、生徒たちが気がつくのは随分あとになってからだった。
彼は、走った理由を見つけると走っている勢いを利用し、その理由に向かって飛び蹴りを繰り出す。
その理由である牧瀬佑(まきせたすく)は、その飛び蹴りを振り返るようにして避ける。
彼は大きな舌打ち響かせ、彼らを避けている生徒たちにぶつかることなく廊下に着地する。しばらくの間廊下と制服の擦れる嫌な音がした。
「それ、痛くないか?」
「痛いわ、クッソ。ホント、マジ、テメェ、ふっ…ざけんな!」
「ためたな…」
呆れたように彼…宗崎吾雄(そうざきあお)を見たタスクは、アオの息が整うまで待った。
「で、なにがふざけんなって?」
「風紀辞めるだと…?」
アオの言葉に、周りの生徒たちがざわついた。
そんな…!といって倒れる生徒もいた。
タスクは軽く首を横に振り、アオの言葉を否定する。
「いや、委員長をやめるだけだ」
風紀委員会を辞めるというと、風紀委員全員に止められ、仕方なく風紀委員は続けることになったという話はしなくていいだろう。
タスクはそう思い、無駄な情報を省いた。
しかし、生徒会長を務めているアオにとってそれは周知の事実だった。
「風紀の連中に止められて渋々だろうが!テメェ、ほんと、舐めんな…!」
「いや、結論を…」
「いいか、大体テメェはだな…!」
タスクの言葉など聞かず、アオはいかにタスクが風紀委員会に必要であるとか、タスクがいなくなったらどれだけつまらないかということ、大体次の風紀委員長が張り合いなくてどうなんだよということを切々と語ってくれた。
「……つまり、お前は、俺のことが好きってことでいいか?」
「バカか!」
全否定されたタスクは、苦笑する。
そんなに強く否定してくれなくてもいいのに、と。
「愛してんだよ!」
タスクがおもうよりアオは全力だった。
生徒会長の宗崎吾雄は、ある意味非常に男らしい。
180に近い、もしくは超えているだろう身長、自分の邪魔をする者には容赦がなく、頭もよければ、将来も約束されている大企業の会長の孫。
顔はワイルドに整っているといわれるだろう類のもので、非常に女性に人気も高い。この学園でも大変な人気を博していた。
女のいないこの学園では、男からの人気ではあったが、彼はそれすら問題としない、問題だと言わせないほどの人気ぶりだった。
「…勢いで言ってんじゃねぇよ」
「……」
タスクに言われて気がついたらしく、ヤンキーずわりになっていたアオは無言で自らの顔に手を当て、天井を仰いだ。
少しして、手を離し、再びタスクに視線を向けたアオはいつもと変わらず、男らしかった。
「付き合ってくれ」
「…なかったことにはしねんだな…」
今度はタスクが顔を覆う番だった。
「で、返事は?」
「……とにかく、その痛々しい格好どうにかしねぇと…」
タスクが顔を片手で覆い、下を向こうとした時に改めて見たアオの摩擦でボロボロになったスラックスの布の間から、摩擦で擦り剥けた痛々しいものが見えたからだ。
手をついて減速していたことから、おそらく、手もひどい状態だろうとタスクは推測した。
「ふうん。じゃあ、保健室でじっくりときいてやるか」
保健室に向かう会長と元風紀委員長を眺めながら、生徒たちはあまりの勢いと、二人の様子についていけず、ぽかんと廊下を眺めるばかりだった。
後に新聞部の人間が、しまった!という顔をした話は、笑い話として広く学園内に広まったという。