放課後。
うっかり寝過ごして夕方。
西日を隠すように、一人。
「風紀委員長にならないか?」
山を切り開いて作られたこの学園には、風紀委員会というものが存在しない。
何代前だったかは解らない風紀委員会が非常にダメな集団で、解散の憂き目にあったからだ。
それからは生徒会が風紀を正していたのだが、あるとき、生徒会の人間がとてもじゃないが風紀など正していけるような人間の集まりではなくなった。
その時、再び風紀委員会が設立された。
しかし、次の年、生徒会が優秀者の集まりになり、風紀委員会は再び解散。
そういった事を何度か繰り返すうちに、風紀委員会は常設の委員会ではなくなっていた。
そして、今、風紀委員会はない。
タスクはあくびを噛み殺しながら、逆光で見えない男が誰なのかを考える。
「……」
風紀委員長になるかならないかについては何も考えなかった。
タスクの選択は、お断りしか用意されてなかったからだ。
「牧瀬くん」
「……理事長?」
漸く目が慣れてきてなんとなく見えた、というより声で判断したその男は、タスクを見て、おそらく微笑んだ。
「そう。そんなことはどうでもいいから、風紀委員長にならないか?」
「他を当たれ」
敬語をうっかり忘れるほどタスクはぼんやりとしていたのだが、理事長は笑ったままだった。
「だが、私は牧瀬くんがいいと思うんだが」
タスクは目尻をこすったあと、もう一度言う。
「お断りします」
「牧瀬くんじゃないと嫌だから、やれ」
それは、たぶん強制だったのだ。
タスクは西日の降り注ぐ屋上でそれを聞いた次の日、風紀委員会の設立と風紀委員長の名前の掲示をみた。
下記の者、風紀委員長とする。
牧瀬佑(まきせたすく)。
タスクのフルネームだった。
静かな廊下でタスクは掲示板に張り出された名前を見るだけ見て、窓の外を見る。
空は高く、よく晴れていた。
新学期始まってすぐ、夏の残り香を引きずる、秋の入口のことだった。
それが、おおよそ一年と昔。
タスクが一年生だった頃。
委員長一人、副委員長二人、各学年代表が三人、その他も両手で数えるほどしかしない風紀委員会は、なんとか稼働していた。
「委員長はどこなのかしら…。ごめんなさい、牧瀬サマ」
「なんすか、副委員長」
「このくっそ忙しい時にいなくなってる委員長を探し出してきてくださいな」
「了解」
タスクは一年にして風紀委員長を務めたが、半年ほどでその座を退き、いまや平委員として活躍する身となった。
仕事はもっぱら風紀委員長を探すことである。
風紀委員長はたいてい、屋上にいる。
それはタスクが理事長に強制命令を受けた屋上ではなく、生徒会室と風紀委員会室のある校舎の一番上だ。
近寄れる人間が決まっているため、委員長にとっては心休まる場所であるらしい。
タスクは急がず焦らず、ゆっくり階段を上る。
やたら薄暗い屋上の入口、もしくは校舎からすれば出口かもしれないそこから、屋上へと出る。
薄暗いところから明るい場所に出たタスクは、まぶしさに少し目を細めたあと、給水塔の近くにいるだろう委員長に声をかける。
「委員長、副委員長がクソ忙しいから帰ってきて欲しいそうですよ」
タスクは屋上のドアを開けた状態で、じっくりと外を眺めていた。
フェンス越しに見えるのは海と山の一部と、この学園の建物だ。
園芸部の管理しているイングリッシュガーデンもよく見えた。
「委員長」
やたらと機嫌が悪そうな声を聞きながら、タスクは屋上のドアを開けたまま、屋上に出ることなく、踵を返す。
「伝えましたからね」
タスクはそれだけ言って、再びゆっくり階段を下り始めた。