「牧瀬くん、いい加減諦めて、ボイコットやめてくれないか」
「あんたこそ諦めてくれませんかね」
屋上からおりたタスクを待っていたのは理事長だった。
屋上からおりて、まっすぐ寮の部屋へと帰ったタスクは、部屋に帰ったことを後悔した。
部屋で待ち構えていた理事長は、まるでそこが自室かのようにくつろいでいた。
ドアを開けてすぐさま閉めようとしたタスクであったが、理事長付きの秘書官に目をそらしながら止められては哀れになって逃げ出すこともできない。
「はっきり言うと、迷惑なんですが」
「お、はっきり言った。でも、残念だ。どうしても、牧瀬くんが良いからな」
優雅にコーヒーカップを傾ける理事長から視線を外すと、タスクは秘書官に申し訳なさそうな顔をしたあと、カバンをソファに投げ捨て、部屋から出ようとした。
「そうそう、牧瀬くん」
その声に動きを止める必要はなかったが、続いた言葉に、タスクは動きを止める。
「生徒会長とあったんだって?」
「……えらく、早いな」
「彼は派手だからな。どうだった?」
何がどうだというのか問いただしてやりたいところだったのだが、彼はそうしなかった。
わざと口角をあげて、振り返り、ことさら悪く聞こえるようにこういったのだ。
「可愛いもんだった」
素早くタスクが部屋から出ると、コーヒーカップを持ったままポカンとした理事長は、一緒に残された秘書官に告げた。
「見たか、あの悪い男、お前以上だぞ」
「いや、アレは悪いんじゃなくて、いい男っつうんだよ」
思わず丁寧な言葉を忘れた秘書官であった。
部屋に残された二人がそんなことをいっていたとは知らずに、タスクは自販機の前で小銭を探していた。
財布の中には小銭がなく、札と札のあいだに指を入れたとき、誰かが横から小銭を自販機にいれた。
「コーヒーでいいか?」
「無糖で頼む」
後ろからの声にタスクは答えた。
コーヒー缶が落ちてきたのを、耳で確認すると、少しかがみ、それをとる。
「…礼」
「いや、言われたし、こういう礼をされるほどのことはしてねぇけど」
「じゃあ、口止め料」
プルタブを起こしながら振り返り、タスクは苦笑した。
「安いな」
「大したことじゃねぇんだろ?」
「それもそうだ」
振り返ったそこには、タスクが思った通りの人物がいた。
生徒会長だった。
今日は珍しい人物に二回もあって、明日は何か起こるのかもしれない。そんな思いが彼を苦笑させた。
「なぁ、あんた……」
生徒会長は何かを言おうとして口をつぐんだ。
自販機ではなく、自販機に映った何かを見ているようだった。
タスクに近寄ると、生徒会長はタスクの背中に腕を絡めながら、耳元に唇を寄せた。
「…悪い、演技してくれ」
タスクはゆっくり会長の背中に手を伸ばしながら、ゆっくり視線を移動させる。
自販機に移る風景は、タスクが眺められる景色だ。
寮の広いとは言えない、自販機が二つだけ並ぶその場所には、申し訳程度にソファが一つ。
まるで喫煙場所のようなそこには、未成年しかいない学生寮の一角で、灰皿はない。
すぐ近くに窓があり、そこから見えるのは隣接した隣の寮棟。
廊下に佇むひとりの生徒を見つけると、視線をそこから素通りして首を傾げるフリをして、会長を強く抱きしめる。
「隣の棟の廊下の角か?」
ささやき返すと、会長がわずかに頷く。
「たちの悪いストーカーだ」
「…有名人も大変だな」
そう言うと、タスクは会長を一旦離すと、会長の顔に自身の顔を近づけた。
「あっちからは、キスしてるようにみえるだろ」
「なるほど…これはこれで、少しどうしていいもんかと思うがな」
会長の後頭部を抱えながら、しばし面白くもない演技を続けたあと、ちらりとひとりの生徒がいた場所を見る。
そこにはもう、誰もいなかった。
そうして漸く会長を離したあと、タスクはため息をつく。
「コーヒーひとつじゃわりに合わない」
「じゃあ、今度飯でもおごる」
「悪くねぇ」