「文化祭と体育祭がかぶる時期は、俺、死んでるんだが」
「…あなたの野生の勘が、死んでいたというのですか…!」
「さっきから野生とか失礼なこといってるけど、おまえ、俺のことなんだと思ってるんだよ」
「間違えて人間になったちょっと賢い肉食動物ですよ…!野生にかえっても大丈夫ですけど、つまらないんで、かえらないでくださいね」
「わかった、俺が野生にかえる時はお前も道連れだな」
「一人でかえってくださいよ。それで、井浪くんがたいへんマニアックなご趣味だったとして、何か対策立てるんですよね?」
アオは、一度鼻で笑って、漸く椅子に座った。
「まぁなぁ…写真撮られてたから、流石にネガ燃やさねぇと」
「シュレッダーも捨てがたいですね…」
おとなしい顔をして人の話を交ぜっ返すことが好きで、マイペースな副会長はチラリと生徒会室の片隅に置かれたシュレッダーを見たあとアオに視線を向けた。
襲われたというのに、まったくそんな様子に見えないどころか、報復することも対策することも面倒そうだ。しかし、少しだけ彼は上機嫌そうに見えた。
「何かありましたか?」
「襲われたのはいわなかったか?」
「それ以外ですよ。すごく、ご機嫌でしょう?」
アオは机の上にあるパソコンを起動させると、頷いた。
「久々に俺に普通に話しかけるやつに会った」
「おや、それは珍しい」
副会長もキーボードを再びタイプし始めた。
アオが襲われたことは、アオが片付けてしまうだろうと思ったのだ。志塚は心配の一つもしなかった。
それよりも、アオを上機嫌にさせる気概のある人間がまだこの学園にいたということのほうが志塚に興味を持たせた。
「どんな方だったんですか?」
「どんなって…不良」
「……もっと具体的に」
屋上の、金網の近くで何を眺めているのかぼんやりとしていた不良は、アオがきた瞬間に驚いたように振り返った。
身長はアオと同程度。顔は整っている風にも見えたが、指摘しないければ気がつかないくらいのもので、髪はこの学園にいるのなら少なくない茶髪。没個性といえば没個性で、着崩された制服がいかにもな不良。
友人には無駄にハイスペックだと言われるアオの記憶力は完璧だった。
「普通の不良」
「不良の普通ってどういう基準値なんですか…背格好、容姿、並べ立てなさい」
「茶髪、俺と同じくらいのタッパ、容姿は整ってるかもしれねぇな。あとは制服は不良らしく着崩してあった。ああ、あと、遭遇したのは、特別棟の屋上」
志塚は思わずタイプミスをした。
特別棟の屋上は中等部の不良のボスだと言われている人間が、独占している場所で、中等部生でありながら高等部生にも恐れられており、誰も近寄らない場所である。そんな場所にいるのは、その独占している本人くらいのものだ。
しかし、アオが普通の不良という限り、それは中等部の不良ではない。
もし、中等部の不良であったのなら、アオは『中等部の不良』と答えていたはずだからだ。
「高等部生ですよね?」
志塚は一応、確認した。
アオはマウスを動かしながら、気のない返事をかえした。
「おー」
「……命知らずな不良ですね」
「俺もびっくりしたくらいだ」
びっくりしていたら更に気軽に声をかけられたものだから、彼は驚いた。
こんなやつもまだいたのだな。
そう思って、襲われたことに気分を悪くしていたアオは、気分を上昇させた。
「気分のいいのは、置いておいてだ。また来るだろうし、その時は証拠捕まえて、晒し者にしてやるだけだ」
「なんだか、それは楽しそうですねぇ」
志塚は適当に相槌を打ちながら、パソコン画面にあるとある文章のテンプレートを開いた。
これから起こるだろうことの始末書を、彼は早くも作成しようとしていたのだ。