会長襲撃事件の終わり


ニヤリと笑った生徒会長に、どれほど脂汗をかいたことだろう。
きっと、この件が終わって体重計に乗ると劇的なダイエットができているに違いない。
わざとらしく会長の机の上に中身の入ったコーヒーカップを置き、携帯に呼び出されて生徒会室の向かい側の屋上に向かった副会長は思った。
「すっごいかわいそーだねー」
「ええ、自業自得ですけどねぇ」
携帯で副会長のレイルを呼び出した元風紀副委員長のタダシは、双眼鏡を覗いて緊迫する二人を眺めていた。
「レイくんはどう思う?やっぱ、ここは会長がヒロインみたいにピンチに陥って、タスクがヒーローみたいに助けに入るべきだと思うー?」
同じようにオペラグラスを覗いていたレイルは首を振る。
「そんな漫画みたいな展開、見てみたいんですけどねぇ。アオの野生が止まりませんし、アオがピンチになるにはかなりの条件が必要ですね」
生徒会室の扉を開けたまま出て行ったレイルをみて、これはチャンスだと井浪慶太は思ったのかもしれない。コーヒーに薬を混ぜて、会長と再び撮影会だと、意気込んだのだろう。
特にここ最近は、ありとあらゆるカメラ小僧を捕まえては風紀に連れて行くという連行強化がなされていたため、焦れていたに違いない。
罠であるにも関わらず、いつ誰が帰ってくるとも知れないが誰もいない生徒会室に井浪慶太は侵入した。
実は、近くの会議室に元風紀委員長と風紀委員長が待機していたし、生徒会室にはずっと生徒会長が居た。
そう、堂々とそこにいた。ただ、物音も立てず、静かに、カメラの死角に隠れていた。
そう、生徒会室にはカメラがあった。
それは警備上必要なもので、本来ならば生徒が見ることのできるものではなかった。
監視カメラのシステムにハッキングして、それを見ていたのが井浪慶太だった。
前の盗撮事件の時などはカメラや盗聴器を仕掛けてあったのだが、流石にそれは生徒会も学園側もそんなことが二度とないように警備を強めたため、今回はなかった。
しかし、今回は監視カメラにハッキング、上手いこと細工をしてくれていた。
会長が襲われた際、ついでに検査した結果、それが発覚した。
しかし、監視カメラは警備のために使われているカメラであるのだが、見られているようで気分が悪いという理由で、今期の会計が嫌がって会計を移さないように細工されていた。
そのため、会計が普段から使用している場所は完全に監視カメラの死角であった。
カメラを操作して見えないようにしているのなら、井浪慶太もなんとか出来たに違いないが、物理的にカメラが回らないようにしていたり、一つのカメラの電源をこれもまた物理的に切断されてしまっていてはどうすることもできない。
「そうだねー。タスクと違う意味で会長チートだもんねー…たとえあのコーヒーに薬いれて、うっかりのんじゃっても、大丈夫なんでしょ?資産家のたしなみとかいって、毒物はゆっくり身体に慣らしてるとか、薬もききにくいから健康にはとても気を使っているとか、なにそれ、マジ漫画」
「ねー」
レイルが可愛らしく首をかしげた。
残念ながら、そばにいるタダシは生徒会室を見ていたし、レイルも同じ状態だったので誰も見ていなかった。誰か見ていたところで可愛らしくは見えなかっただろう。
「あの変態がアオを倒すには、ちょっと高等な武器が必要でしょうし」
「スタンガンとかー?」
「あーありそうですねぇ。ちょっと接触するだけでビビビビですもんね」
生徒会室の隣の会議室には、風紀委員会最強の二人が監視カメラの映像をうつしたノート型パソコンを、あくびしながら見ているだろうことがわかっているため、二人に危機感はなかった。
「ビビビビ、こわーい。って、本気でもってるしー。会長、格好だけでもちょっと焦ったらいいのに、焦らないよねー」
「まぁ、威嚇負けしたら負けですからね。でも小物だって追い込み過ぎるとひどいと思うんですけどねぇ…」
「あ、会長すごーい!」
スタンガンを取り出した井浪慶太がそれでもアオに圧倒されている間に、アオの足が跳ね上がった。
見事に蹴り上げられたスタンガンの行方を見守る前に、アオが更に動く。
井浪慶太の腕をとり、後ろ手に回すと、勢いよく机に伏せた。
「さすがのアオも足蹴にして押さえることはしないんですね…」
「いやー、それは流石にないでしょー。残念そうにしちゃだーめよ、レイくん」
「もう少しスリルとサスペンスがあっても良かったです」
「あったら、あったで怒るくせにー」
レンズ越しの世界では生徒会室に、風紀委員長と元風紀委員長が駆けつけるというのもおこがましいほど、のんびりと生徒会室に入ろうとしていた。
「それにしても、ほんと、どうせなら最初っから計画に巻き込まれとくって、タスクの思い切りというかー会長の止まらないっぷりというかー」
「風紀委員長……あ、すみません。牧瀬も、アオも、ですねぇ…」
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