「現行犯なんだが…俺たちがいる必要はあったのか?」
「俺の精神衛生上には大変、必要なことだった」
「さようで」
机に井浪慶太を押さえつけながら、偉そうに言い切ったアオに、タスクはいつもどおり呆れた様子を見せた。
「それで、井浪慶太。これからのことを風紀委員室で話したいんだが」
風紀委員長であるワタリは、会長絡みの事件で、しかも元風紀委員長のタスクの担当だからと、黙ってその様子を眺めていた。
「……えら、そうに…」
ガタガタと見えるほど震えながらも、諦めからか焦りからか、井浪慶太は机に伏せられたまま呟いた。
「元風紀委員長っていったって、家の程度も低い、ただの不良だろ!だいたい、元風紀委員長だといったって、本当にあんたが牧瀬佑かどうかもわからないし!そうなると、風紀委員かどうかもわからないじゃないか…!」
ジタバタと暴れるには、会長の拘束は強すぎた。井浪慶太は、ただ暴言を吐く。
「…はぁ?」
タスクは思わず変な顔をした。
タスクを風紀委員長に任命したのは理事長だ。
タスク本人はできればやりたくないことだったので、今、風紀委員長じゃないと言われてもどうでもいいことだった。
家の程度が低いといっても、そんなことを言っている人間の程度の方が低いだろうと思える冷静さがあるため、それもタスクにとってはどうでもいいことだ。
風紀委員かどうかもわからないということだったが、事実、あまり風紀委員らしい活動はしなくなっているため、タスク自身も怪しいなと思っているところだ。
タスクが牧瀬佑かどうかについては、本人なのだから、時間があれば証明することも難しくないし、否定されても、タスク自身『牧瀬佑は俺だ』ということしかできない。
罵倒されて怒るのはタスク本人ではなく、その周りだ。
静かに傍観していたワタリはあからさまに不機嫌になったし、アオは拘束する手に力を入れた。
二人に暴れられては面倒なタスクは、仕方なく井浪慶太に尋ねる。
「俺が牧瀬佑であると証明、もしくは風紀の人間であると証明できたら大人しくついてきてくれるわけか?」
そんなことをせずとも、現風紀委員長がいるのだから風紀委員会室に井浪慶太を招くことは簡単にできた。
だが、タスクのことについて無言で怒っている二人は井浪慶太を大人しく連行させてくれそうにない。
「できるもんなら」
吐き捨てるようにつぶやかれた言葉に、タスクは少し考えた。
生徒証というものがある。
顔写真付きのクレジットカードのようなものなのだが、顔写真は高等部入学時にとった写真であるため、あまり顔写真はあてにならない。
成長期というのは、身長だけではなく顔体つきも変えてしまうのだ。
面影は残っているものの、兄弟や親戚なのではないかと言われればそれまでだ。
そうなると、生徒証をもっているとしても借りた、もしくは盗んだと言われる可能性がある。
それでは生徒証ではすぐさま牧瀬佑であると証明をすることが難しい。
ならば、風紀委員会の人間であるということを証明しよう。
タスクはそう思った。
「委員長」
タスクは一応、ワタリを役員名で呼んでみたがやはり、ワタリから返事はなかった。
「ワタリ」
「……はい」
随分、不機嫌そうな返事であったが、タスクは気にせず手のひらをワタリに向けた。
「ウォレットチェーンよこせ」
タスクのその一言だけで、ワタリは嬉しそうに何度も頷き、タスクの言われたとおりウォレットチェーンを腰から取り外し、タスクに渡した。
アオはそのウォレットチェーンがなんであるか知らなかったため、二人の様子を不機嫌ながら不思議そうに見ていた。
「これは見たことあるよなぁ…?」
井浪慶太の顔を机から横に向かせて、タスクはウォレットチェーンをみせた。
「あんたが、ずっとつけてたやつだろ。趣味が悪い…!」
南京錠のついたそのウォレットチェーンには、少し前まで、財布だけでなく鍵も引っ掛けてあったのだが、今は南京錠しかついていない。
タスクは南京錠を見せながら、南京錠に留まる蜘蛛の目を指差す。
「ここについてんのは、ダイヤモンドなんだそうな。カットの関係で、光を中に閉じ込めるんだっけか?おもちゃみたいだろ」
風紀委員の人間は風紀委員である証として金属プレートを持っていることは、学園の生徒ならば全員が知っていることだ。
そして長とつく、風紀の人間は特殊な加工をされた純銀製の証をもっていることも知っている。
前期の風紀委員長はそれを、わざわざ突きつけるようなこともなかったため、あまり、前風紀委員長が何をもっているかということは知られていなかった。
「この南京錠が純銀製っていったらわかってもらえるか?」
変わったアクセサリーと言ってしまえば、これもそこまでであるのだが、そういうことができない理由が、この学園の風紀委員会の証にはあった。
「これが偽物かどうかは、まぁ、あんたの判断次第だが」
風紀であると証を偽造した場合は、重くて退学にもなる。
風紀委員長のいる目の前で、それを奪ってかざすのも、それを偽装してかざすのも、愚かな行為だ。
「それで、大人しく連行されてくれるか?」
ニヤリと笑ったあと、タスクは失意のため、再び机に顔を伏せた井浪慶太から視線を外したことに後悔した。
会長と風紀委員長の輝いた目があまりにも眩しかったからだ。