「そいつつかまえて!」
それは、偶然だった。
会長に屋上で出会ったのも偶然であれば、そのあとに自販機の前であったことも偶然だった。
そして、彼が会長の盗撮事件の解決に関わったのも、ただの偶然だった。
盗撮事件自体は大きな事件と言えるほど人目に触れることのなかった事件なのだが、その捕物が大変注目を浴びた。
会長が暴走しているのは半ば、生徒たちにとって普通のこととなっていたので、会長が捕物をしていることが生徒の目をひきつけたわけではない。
彼がその事件の解決に、少しだけ関わってしまったことが目を引きつけてしまったのだ。
彼は、走ってきた生徒を聞こえた声に従ってとらえて壁に押さえつけただけで、盗撮事件に関わった。実は、この時大変だったのは、犯人である井浪慶太をとらえることではなく、暴走列車だといわれる生徒会長を止めることだったのだ。
放課後の廊下を悠々と歩いてくる生徒会長の後ろから、当時生徒会補佐で、今は会計となった楢原甚吾(ならはらじんご)が会長に何度も縋りつき、振り払われ、それでも諦めず声を張り上げた。
「そこの人ォー!生徒会長もとめてくれぇええ!」
汗をかくことさえ厭いそうな補佐のその様子は大変珍しいものであった。声を張り上げるという行為も珍しいものであったが、それ以上に補佐が一生懸命になっている様子というのはとても珍しいもので、皮肉げな笑みを浮かべ犯人に向かって歩いてくる生徒会長より、注目を浴びていた。
それくらい、生徒会長が暴走して、様々なものに圧力をかけながら歩いているということは少なくなかった。
元々、偉そうに見える上に、人をあまり近づけないようにしている生徒会長だからこそ、そんな様子もまるで普通のことのように思われていた。
「あんた、そいつの協力者か?」
会長に声をかけられ、タスクは井浪慶太をつかまえたまま、首を捻った。
少し前に、生徒会長を助け、食事の約束までした。その上、今、井浪慶太をつかまえているのは、タスクだ。井浪慶太を逃がしたわけでもなければ、助けたわけでもなく、これから逃がす予定もない。
「いや」
「ふうん。そ」
長い脚がこちらに向かっているなと感じた時には、タスクは井浪慶太を突き飛ばし、自らも井浪慶太とは逆の方向に逃げた。
「どうでも、いいんだよ、そんなことは」
「じゃあ、きくな」
いくら理事長の命令に不服を持っていて、不良らしく何もかも無関心なフリをしていても、学園の噂を知らないタスクではない。
生徒会長の蛮行と呼ばれる行為についても、タスクは知っていた。
しかし、その蛮行という名の災難が、タスク自身に降りかかろうとは想像していなかった。
「珍しい奴」
タスクと会長が会話をしている間に、井浪慶太は逃げていったが、それは手を顔の前に立て、一応謝った補佐が追いかけていった。
タスクは補佐の様子も見られずに、会長の視線から逃れる術を探していた。
視線をあまり動かしては、会長から怪しまれるだろう。だが、逃げ道を見つけるためには、廊下の中央に立つ会長の隙をつかなければならない。
タスクに会長と真っ向勝負という選択肢はなかった。
噂で聞く限り、会長は学園内の不良たちも避ける喧嘩の腕前を持っている。そして、タスクは学園内の不良の一部として、会長の蛮行を何度となく見かけている。
会長と真っ向勝負など、よほどの馬鹿か腕自慢しかしないと、タスクは確信していた。
それだけに、こうして真っ向から勝負する機会に恵まれてしまった今、逃げることを第一に考えてしまっていた。
「来いよ」
「いや、そういうのは遠慮したい。つうか…あんた、今、わりと……」
「なぁ」
ニヤリと笑った会長が、少し、首を横に倒し、その首に手をあてた。
「せっかく楽しいんだから、無粋なことは言わねぇでおこうぜ」
会長にとっては、珍しく楽しいことだったのかもしれないが、タスクにとってはただの災難である。
会長の蛮行は、大抵、会長の正常な判断力が機能していない時に作動する。不良たちの間では『バーサク』『とんでる』などといわれる状態でなければ、作動しない。
作動した場合、その場にいる人間は倒れるまで殴られ、蹴られる。
立っている人間が居なくなった時点で、彼は通常の会長に戻るのだ。
こうして、不良以外を相手にしている場合は、半分入っていると生徒にも言われており、つまるところ、会長は半分しか正常な判断ができない状態にあることが多い。
「だから、遠慮してぇんだけど」
「それを遠慮する」
少し身を屈めた会長が、床を蹴った。
どう見ても、会長は通常の会長であるにも関わらず、タスクに殴りかかってきたのだ。
タスクは迫り来る拳を避け、続けざまに左脚が上がってくるのを、会長の懐に入り、手で止めた。
膝と太ももに置かれた手は、足を地面に落とすように動かされ、何もしていなかった左手で生徒会長の左肩を押した。
まだ地面に足を下ろしていなかった会長は、くるりと反転し、タスクに道をあけた。
タスクは、その道に逃げ込み、走り出した。
会長は、タスクの手が離れるや否や、体制を立て直し、何もしていなかった左手を突き出そうとしたが、間に合わず、空を掴んだ。
逃げながら、タスクは思った。
こんなのに暴れられては、いつまた火の粉が降りかかってもおかしくない。これを野放しにするくらいなら、風紀委員会になんとかしてもらったほうが学園のため、ひいては自分自身のためだ。
風紀委員長も風紀委員会もやりたくないが、誰か設立してくれたら嬉しい。
タスクは心底思った。
後に、会長が大変セクシャラスな攻撃だったと語ったため、もう二度と会長に、あの方法を使わないと誓ったタスクであった。