生徒会と風紀委員会


学園に多数存在する会議室の一つであり、学園でも五本の指に入る安全さを誇るそこで、ある少年の資料を広げ、アオが口を開く。
「簡単すぎる」
少し昔にも同じように、その少年の資料を広げ、生徒会長のアオは眉間に皺を寄せた。
その時も、同じように資料をみた副会長のレイルも、首を傾げる。
「前も言った気がしますが、井浪くんはこういう大胆なことはできるような性根じゃないんです」
「ああ、小心者だしな。追い詰められたら暴言はいちまうけど」
前回の盗撮事件時に、結局、井浪慶太を捕まえた元補佐である会計が、右耳にずらりとならんだピアスホールにピアスを通しながら頷いた。
「あんとき、ちょーけばいとか品がないとか下半身とか言われたーめちゃんこブレークハートーだったもん」
「かんちゃん、お願いがあるんだけどー」
「なぁにー?」
「俺といるときはねー、素でお願いしたいんだぁ…」
会議室にそぐわぬ間延びした声のお願いに、会計は顔を横に倒した。
「俺、たーくんとかぶらないよー?」
議題と関係ないことを会計にお願いした元風紀副委員長のタダシは首を振った。
「だって…正直、かんちゃんがやるとーかわいーじゃん…俺、負けちゃうじゃん」
会計の福井寛治(ふくいかんじ)は思わずタダシを二度見した。
会議室の椅子に座ったタダシは、一年の頃の面影を残してはおらず、風紀委員長と一緒にいるとめでたいという理由だけで染められた銀髪に、黒々とした眉はおかしいと脱色し、半分にされた眉、派手な眼鏡は伊達でレンズも入っていないし、身長こそ平均的ではあるが、風紀で鍛えられた身体は伊達ではなかった。
生徒会役員のような華やかさはないが、風紀委員らしい派手さがある。
しかし、けして、可愛いといえる外見ではない。
「おまえのは腹立たしい感じだ」
会議室の机に座って、外を眺めていた元風紀委員長のタスクがカンジの代わりに答えた。
「タスクひどーい」
半笑いを浮かべたタダシに、書記が打ち込んでいるタブレット端末を見ながら、風紀副委員長のクラヒトが追い打ちをかける。
「たーくんはそこがいいのよ、頭悪そうで」
会議室にいる書記とクラヒトと風紀委員長のヘイスケ以外がタダシをみつめ、小さく頷いた。
タダシは目一杯嫌そうな顔をしたあと、わざとらしく唇を尖らせる。
「皆ひっどーい」
「きめぇ」
タスクが即効で嫌がるのを見て、ヘイスケがタダシとタスクを交互に見ておろおろした。
「おまえら会議やる気ねぇだろ」
「やる気あんなら、ホワイトボードにカメコ追いたて大作戦って書くなよ。見た瞬間からやる気が消え失せたわ」
「わがままなやつめ……そんなところも好きだから許してやろう」
アオの自然な態度に、付き合いが長い生徒会役員は、ハイハイと言った様子で、各々やりたいことを自由にしていた。
反応があったのは付き合いも長くなければ、生徒会長と触れ合うことも生徒会役員より少ない風紀委員の面々だった。
ヘイスケは座っていた椅子から転げ落ち、タダシは口笛を吹いた。
クラヒトは、あらあら青春ねぇ…と呟き、ナチュラルに口説かれたタスクは、鼻で笑った。
「会長…牧瀬はクールな男ですね」
「かっこいいだろ?惚れてる」
「カイチョ、ドストレートでドンビキされねぇの脈ありかもしんねぇから、ガンガンいこうぜぇ?」
カンジが素で話してくれていることに、タダシが小さく礼を言って、机のうえに広げられた資料に視線を移した。
「タスクのせぇーしゅんは置いといてー。この子さぁ…なんっていうかートカゲ?尻尾ってかんじ」
「井浪くんを操る本体が…」
「そういう青春はしてねぇから。……井浪を操るとかいう大層なかんじじゃねぇな。ちょっとけしかけて遊んでるって感じだな。お粗末すぎる」
タスクが再び会議室の外を眺めながら言ったことに、その場にいる全員が井浪慶太の資料を眺めた。
「誰か心当たりは」
書記の神内真(こうないまこと)が右手をあげ、タブレットから目を離した。
「会長の筋」
「俺の筋ってなんだよ」
「一番恨みを買っている」
外を眺めているタスク以外のメンツが、思い思いに頷いた。
タスクは窓の外の校舎裏で人を待つ生徒をずっと眺めていた。今、その生徒は複数の生徒に囲まれていた。
「おいおい、牧瀬、こいつらに何か言ってやってくれよ」
アオがそう言うと、タスクは急に机からおり、窓をあけ、その枠に足をかけた。
「……下でリンチ起きてっから行ってくるわ。あと、会長の筋、俺も一票な」
「あ、俺も行ったのがいいー?」
「いや、タダシは連絡頼む。クラヒトは風紀で準備な。で、委員長は会議終わったら待機」
「了解したわ」
「りょうかーい」
「……」
相変わらず委員長と言っても反応しない後輩にため息をつき、タスクが窓からとんだ。
「ここ、三階なんですけど」
一応といった調子で突っ込んだレイルに誰も何も言わなかった。
生徒会役員も風紀委員も生徒会長と風紀委員長は常識というモノサシで測れないということを知っていたからだ。
「……とにかく、盗撮野郎ども取り締まってもらいたいから、人材派遣頼む」
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