生徒会長の不覚


「レイ、レイレイ」
レイルは簡易キッチンで水出し紅茶の用意をする手を止め、声の聞こえる方を見た。
「なんですか。そんなパンダみたいな可愛い名前で呼ばないでください。可愛いでしょ?」
「……お前が、パンダを可愛いと思っていることも、レイレイって名前を可愛いって思ってることについてちょっと思うところがあるが、置いておく」
「もっと追求してくださってもいいんですよ」
彼の名前の一部を連呼したアオは、渋い顔でレイルを見たあと、思い直したようにもう一度口を開いた。
「ところで」
「無視ですか」
アオは一度咳払いをして、再度口を開く。
「ところで、風紀、井浪慶太を抱き込んだって本当か」
「あなたが言うと、無用にいやらしく聞こえるのはどうしてでしょうね。事実ですよ」
もう用事は済んだと、水出し紅茶に向き直ったレイルは真剣だ。
水の中に茶葉を入れるだけで、そんなに美味しい紅茶ができるものなのか。彼は、未だに水出し紅茶を飲んだこともなければ、水出し紅茶を入れたこともない。
「退学させるんじゃねぇのかよ」
井浪慶太が二度目の事件を起こした。
ほんの少し会長びいきな生徒会としては、生徒会長関連の事件を二度も起こしてくれた井浪慶太を退学にするのはやぶさかではなかった。
しかし、それに待ったをかけたのは風紀委員会だった。
生徒を退学にするという行為は、生徒会も、風紀委員会も、教師陣も、理事会とて好まない。
それでも問題を起こした生徒を思い切りよく、生徒会は処断する。
そういうふうに学んできた生徒が多いということ、風紀委員会が機能しているのでそちらで待ったをかけることができるということが、彼らにそうさせる。
「そういう話もしたんですが、風紀委員会の影番が……」
「牧瀬か」
「はい、牧瀬です。彼が、ソフトや機械類に強いなら引き抜かない手はないと」
「ハッカーみたいな扱いしてんだな」
「ええ。しかも、風紀で仕事をしたら、あなたが結構、顔を見せるという話をして、餌でつったみたいです。風紀に段々感化されて、舌打ちやら悪態をつき始めるのも時間の問題ですね」
アオはしばらく唸ったあと、風紀委員会室のある方向を睨みつけた。
「行きづれぇ」
「なに言ってんですか。どうせ、牧瀬がいるってだけで行くんでしょ」
風紀委員会室を睨みつけたその顔のまま、簡易キッチンの方を向いたアオは、ゆっくりと頷いた。
「否定できねぇ」
レイルは水出し紅茶を冷蔵庫にいれると、冷蔵庫を拝み、上手くいきますように!と心の中で唱えた。
「本当に牧瀬のこと好きですよね」
「あれは特別だからな。わがまま言っても、粗雑に扱っても、適当にあしらっても、気になんねぇだろ」
「……あしらう?」
アオはそう言うものの、タスクを適当にあしらっているアオを見たことがないレイルは、気になる冷蔵庫の中身から思考がそれた。
わがままはいつも言っている気がする。
粗雑に扱うというより、元々アオは乱雑なところがある。
しかし、適当にあしらっているのは、見たことがなかったのだ。
「あしらってみてぇなぁっていう願望」
「それは、気にならないじゃなくて、むしろ気にしてるんでしょう?……まぁ、あしらったところで、牧瀬は気にしないでしょうねぇ」
「あー…やっべ、想像ついた。かっけぇ」
時々、アオの言うところのかっこいいの基準が解らないレイルであった。
「あ。しまった」
「どうかしましたか?」
「……風紀だ!って言わなかった、牧瀬」
「そんなどうでもいいこと言ってないで、会計が出してきた予算案に目を通してください」



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