「それで、返事は?」
保健室に着くなり、返事を急かしたアオに、タスクは苦い顔をした。
「お前は、もう少し、相手が自分についてどう思っているかということを考えて戸惑ったりしたほうがいい」
「それで、ときめいたりすんの?乙女かよ。で、返事」
タスクはやはり、苦い顔のまま消毒液を取り出した。
今日もどこかに行っている保健室の主の代わりに保健室で存在を主張している薬箱には、しっかりとガーゼも入っていた。
「じゃあ聞くが、ここで俺がお前のことを嫌いだといったとして」
「嫌いなのか」
「嫌いではないが」
「ならいいだろ」
「……」
我が道を行くアオに、タスクはとうとう大きなため息をついた。
「……それなら、正直に答える。さっきも言ったが、嫌いじゃない。だが、好きかと言われれば別に。気持ち的には友人というよりも同僚。嫌われたら嫌だと思うが、深くは追わないし、そういうこともあるだろうと思って接触しなくなる……くらいのもんだ」
「クラスメイトよりはマシってことか」
「そうだな」
手当をしてやるつもりのないタスクは、脱脂綿と消毒液をアオに渡すと、椅子に座った。
アオは渡された道具を適当に机に置くと、脱脂綿をちぎってそれを保健室にある水道の水で濡らす。
「状況から鑑みるに」
水で濡らした脱脂綿で傷を拭ったあと、アオはタスクに視線を向けた。
「俺は今、ふられているが、チャンスがないわけじゃない」
視線になんらかの威力があるのならば、きっとタスクは今頃穴があいている。
それほどアオの視線は強かった。
「振られてるんだから潔く諦めろよ」
「なんで?」
脱脂綿がゴミ箱へと放られた。
脱脂綿の行方を確かめながら、タスクははっきりと言った。
「俺にその気がねぇから」
「人は変わるぜぇ?」
「それでも、お前にそういうの向けられんのは、迷惑」
タスクがいくら元風紀委員長といえど、アオほどの人気を誇る生徒会長に好かれてしまったら起こる弊害というものはある。
それをタスクは迷惑と称した。
アオはそれをまったく気に留めなかった。
「そうそう、ときめきの話だが」
「話戻した上に、無視か」
「俺はさぁ、ときめきなんぞどうでもいい。てめぇが手に入るか、入らないかどちらかだ。手に入らないなら、そういう駆け引きをしても無駄。俺は確信してんだよ。てめぇは、俺の手には入らねぇって」
「おい」
自信満々に、視線を下げることもそらすこともなく、アオは言った。
「手に入らねぇんなら、現状をはっきりと把握したい。俺とてめぇの立ち位置を知りたい。てめぇが俺に向ける感情や、てめぇの中の俺について知りたい。推測はできる。概ね、外れてはいない。けど、それはあくまで推測だ」
今度は脱脂綿に消毒液を染み込ませて、アオはなお続ける。
「もしも、てめぇの答えが俺の推測より悪いのなら、現状を見直し、かつ、より良い方向へ運用しなければならない。もし、俺の推測よりもいいのなら、この場は喜んでおけばいい」
「えらく整理されてんだな」
ようやく、アオは視線をタスクから外し、怪我に消毒液をつけ始めた。
「まぁな。言ったのは急だったが、ここに来るまでに整理はしちまったし、現段階でいい返事がもらえねぇのはわかりきってたからな」
さすがのアオも、消毒液がしみるらしい。
眉間に皺が寄った。
「へぇ」
タスクが気のない返事をした。
アオが、それを鼻で笑ってやろうともう一度顔を上げたところだった。
「つまんねぇの」
二人は手当をされる人間と手当をする人間の距離にあった。
タスクがアオに、手を伸ばす。
「恋愛は、そう割り切れねぇよ」
「……そうじゃねぇかもしれねぇし」
「じゃあ、なんで愛してる?」
顎の下あたりに伸びた手が、首に触れる。
「この学園じゃ、当たり前みたいに言うが、お前も俺も、男だ。俺は男を好きなったことは一度もねぇよ。だからこそ、それなりに悩んだ時もある」
喉元を撫で、そのままその手が止まった。
これから首を絞められるのではないかという危機感が少しと、犬のように扱われている感覚がアオを襲う。
「けど、恋愛感情だとして、こんなもん、どうにかなるなんて、性別違おうが、違わなかろうが、わかんねぇし、思った通りになんてならねぇだろ」
「で?」
喉から離れない手に、少し緊張しながら、アオは口を動かす。
「どうせどうにもなんねぇなら、じゃあ、今を楽しんでやろうかと、俺は思ったんだよ。……幸運にも、そんなこといってとやかく言われる学園じゃねぇし」
「てめぇの立場じゃとやかく言われるがな」
「……それが、お前の迷惑だとはわかっている。けど、お前がそう言っても、どうにかするし、俺の気持ちを無碍にしねぇんじゃねぇかなって……これも推測なんだが、どうだ?」
喉元にあった手が、するりと顎を撫で、後頭部へと回る。
手は、頭を軽く二度たたくと、離れていった。
「馬鹿だな、宗崎」
それから、タスクは椅子から立ち上がる。
「馬鹿だが、男前だ」
楽しそうに笑いながら保健室から出ていく前、タスクは足を止める。
「そういうのは、わりと好きだ」
そして振り返る。
「ちゃんと着替えろよ。穴空いてんの、だせぇから」
保健室から去っていったタスクの背を眺め、ぼんやりとしたあと、アオは思わず呟いた。
「やべぇ……惚れた」