「慶太くん、やっぱ知らないんだってー。ソフトもらっただけで」
椅子の背をまたいで座り、タスクに話し掛けたタダシに、タスクは机の上に広げただけになっている教科書を閉じた。
教室の日当たりのいい、一番後ろの席。
不良の指定席とされるそこは、案の定タスクの席だった。
席決めの時にいなくても、タスクは必ずその席に座らされた。
タスクの席が決まっていれば、必ず、タダシがその隣か前に座らされるのもまた、当然のことだった。
少し前まではタダシの不運さ故だったが、今となってはそうでなくては、クラスメイトが落ち着かないのだ。
「やぁねぇ。尻尾くらい掴ませなさいってやつよねぇ」
風紀の名物三人が一クラスに配置されてからは、タスクの隣か前にもう一人の副委員長、クラヒトが配置されるようになったため、誰か一人がイケニエになることもなくなった。
「いや、井浪には期待してねぇから」
ぼんやりとした様子で、少しの間焦点を合わせなかったタスクが次第に視線を戻した。
視線が強すぎるから、黒板ガン睨みするのはやめてくれ。ノートとらないなら寝ててくれと頼まれて以来、タスクは授業を聞いているとき、外を見ているか、机に伏せている。
タスクが授業中、教室にいるときは大抵授業を受けたいときであるが、タスクは集中して聞くために、書くことを放棄している。態度が悪いといわれるため、ノートや教科書は机のうえにだすが、一度もペン類を握らない。
それも態度がよくないのだが、タスクはそのスタイルを改めない。
集中したいがために、目的の声、言葉、内容以外を排除するため、授業がおわるともとに戻すのに少し時間が掛かるのだ。
「えー。じゃあなんで風紀に入れたのさ」
「わり、能力には期待してんだけど、井浪を煽ったやつについては期待してねぇの」
「ああー。なるほどね。わかるわー…うちの委員会、荒事専門の子ばっかりだもんねぇ。事務員さんにもある程度はうでっぷし求めてるけど、さすがにねぇ、ちゃんと報告書かけないと……」
生徒会ほどではないにしろ机仕事がある風紀委員会は、常に事務員を募集しているが、そうやって机で仕事ができる人間は、風紀委員会に入りたがらない。
報告書はどちらかというと読む方であったタスクは頷いた。
「喧嘩、止めた。とか、ひでぇなって笑った」
「そうね。委員長が罰決めた。掃除のやつ。とかも、ひどかったわよね」
報告書は直す方が多かった元副委員長が、椅子をガタガタと動かした。
「はーなーしーそーれーてーるぅ」
「あら、そうね。それで、結局、本当に、会長さんの筋なのかしらね?」
事務仕事もそつなくこなすが、どちらかというと読むだけ読んで、元副委員長に任せていた副委員長が楽しそうに笑った。
「あん時は、会長以外は会長っつってたけどな。実際のところはちげぇんじゃねぇかと思ってる」
副委員長であるクラヒトは笑ったまま、顔を傾ける。
「会長の熱烈なアプローチは軽く流すのに、会長のことはしっかり擁護するのねぇ」
「タスク、会長のこと好きだもんねー」
タスクは、少し怪訝な顔をしたあと、ゆっくり口の端を上げた。
「わりと好きだが」
何故ここには会長がいないんだろうなぁ…と、からかった二人は思った。
「アレは恨みを買うことをやってきてはいるが、知能犯に恨みを買うようなバカはしていない。というよりも、バカをしてきているから、知能犯に構われるいわれがない。あるとすれば」
「ああ、会長とベクトルが違うんだよね、タスク」
「解りやすいわ……解りやすい程さらっと流したわ……解っててやってるっていう性質の悪さ。なんて悪い男なの」
タスクの話を真面目に聞きながらも、しっかり茶化すことをやめない二人に、タスクもこの二人は性質が悪いなと思った。
他人のことは言えないため、タスクは二人を無視して話を続ける。
「あるとすれば、かき回して遊びたいタイプか、変質者だ」
「あら、それじゃあ、やっぱり会長が狙われてる系なんじゃないの?」
「いや、でも、生徒会の連中みんな煌びやかだからー」
しっかりと会長恋話から離れて、犯人を推測し始めた二人を余所に、タスクは、やたらと絡んでくる会長のことを思い出して種類の違う笑みを浮かべた。
「ああいう直情さは羨ましいくらいだ」
「なんかいったー?」
「いや?」
「ああん、無駄にいい男くさくて、嫌だわ、牧瀬サマ」
教室で聞き耳を立てていたクラスメイトが、皆一様にクラヒトの言葉に頷いた。