風紀委員室は、元空き教室であったために引き戸だ。
力を込めずとも引っかかりなく滑っていく戸は、力の強い風紀委員たちに不評である。力加減がうまくできず、思い切りよく開けてしまい、開けてすぐ跳ね返ってくるからだ。
せっかちな者になると、その跳ね返ってきた戸に挟まれてしまうため、開けたままにしておく方が親切なのかもしれない。
しかし、気合いが入り過ぎている風紀委員の一部はそれをよしとしなかった。
理由は、負けた気がするからである。
だが、タスクが風紀委員会を立ち上げ、その戸に勝ったといっていい人間は一人しかいなかった。
生徒会長である。
初めて彼が、その戸を勢い良く開けたとき、彼は、持ち前の反射神経を使い、足でストッパーを作り戸が跳ね返ってくるのを防いだ。
次に彼が、その戸を勢い良く開けたとき、彼は、跳ね返ってきた戸を手で掴み止めた。
タスクが眠さのあまり、うとうととしていたその日に至っては、まるで忍者のように戸が開いたその瞬間に入ってきた。
タスクは眠たいながら呟く。
「完封だな」
元風紀委員の少し人間らしからぬ活躍ぶりに慣れている風紀委員の面々も、生徒会長の身のこなしに目をまるめていた。
生徒会長のアオは、そんなことはお構いなしにタスクの状態を確認すると、至極残念そうに一瞬眉をさげた。
うとうとしていながらも、アオの表情を見たタスクは首を傾げた後、重たい手を動かす。手招きされ、直ぐ様嬉しそうに、アオはタスクに近寄った。
タスクの定位置になっているソファの横で、ヤンキーずわりをしたアオは、それでも背が伸びて見えるため、ヤンキーようには見えない。
バランス感覚が良いんだろうなと思いながら、膝掛から頭を落とし、無理矢理アオの方を向くと、タスクは口を開いた。
「……なんかようか」
「襲われたから報告に来た」
「そうか、おそわれたか」
眠たさのあまり、アオの言葉を反復するだけになったタスクに、アオは上機嫌に続けた。
「ついては風紀っつか、牧瀬に話を聞いてもらいたい」
あまりにアオが嬉しそうにいうので、話を聞いていた風紀委員たちも、そうか、襲われたのかとタスクと同じように心の中で反復した。
「ひがいしゃがしめいすんな……ひがいしゃが、……被害者?襲われた?」
「おー。襲われた」
「おい、眠気とんだ」
タスクは身を起こさなかったが、アオを睨み付けた。それでもなお、上機嫌のアオは続ける。
「レイに報告したら、牧瀬に慰めて貰えって言われたんで、それもそうだなと」
「誰か、この慰める必要もねぇ会長の話きいてやれ」
穏やかだった風紀委員室も、アオの発言を理解した瞬間に空気を凍らせたが、またすぐに緩んだ。あくまで上機嫌で緊張感がなく、下心だけでやってきた会長が被害者だからだ。
「待て待て。久々に誘拐とかされかけて、マジ、ドラマティカルだなって俺の話を」
「余裕でもいい。真似事でもいい。せめて危機感と緊張感を体現しろ、宗崎」
大したことに思えないが、アオは大層なことを言っている。
事の大きさが解らず、そしてまだ頭が完全に起きていないタスクは、身体を漸く起こし、おかしな喩えで尋ねた。
「普通に……てめぇに見られたらビビって道開けるくらいの奴からしたら、どういう事件だ」
「逃げてきて警察に保護されるくらい」
「……おい、誰か。このスーパー会長様のご実家に電話しろ。それで、帰らせてしばらく休ませろ!」
「休んだら牧瀬は心配するか?」
アオが神妙な顔で、タスクを見た。
タスクはゆっくりと首を振る。アオが態度を改めないかぎりはしないだろう。
「じゃあ、会える分、こっちの方がお得だろ。ほら、早く」
「殴っていいか」
「殴り返していいなら」
返事を聞いた後、タスクの手が動いた。
見事なチョップだった。
「これは違うぞ、牧瀬」
チョップをされたまま首を傾けた生徒会長に、タスクは再び首を横に振った。
「殴ったら殴り返されるんだろ」
「それもそうだ。でだ。誘拐未遂についてだが」
あくまでタスクに話したいアオに、タスクは仕方なくチョップした手でそのままアオの髪をかき回した。
「聞いてやるから、此処じゃなくて隣行くぞ」
「二人っきりか」
タスクは誰かを道連れにしようと風紀委員室を見渡した。誰もがわざとらしくタスクから目を逸らす。
生徒会長が風紀委員室に入ってきた時点で、風紀委員たちは会長の相手をするのはタスクしかいないと誰一人、言葉を発していなかった。
「まぁ、そうなるな」
仕方なさそうにアオに視線を戻したタスクは、実に窮屈そうに欠伸を噛み殺したのだった。